どんなときでも優しかった相撲部屋のおかみさん

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もう時効だと思うから書く。

俺はだいぶ前に相撲の世界にいた。
小学校1年から柔道をはじめ、高学年の頃は県大会で優勝したこともあって、スカウトされて柔道の強い中学でもメキメキと力をつけていった。
中学卒業を控えて強豪校の高校からの誘いもあったけれど、たまたま中学の柔道部の先生の知り合いのつてで相撲部屋の親方が興味を示し、突然俺に会いに来た。
家の近くの河原に連れて行かれ、裸足でシコを踏まされ、汽車が通る鉄橋の柱に向かって鉄砲(両手で突くやつ)をさせられた。
親方は無言で腕組みして、汗だくでやっている俺を見ていたが、やがて「俺んとこに来い」と言った。
俺は、普通に高校に行って柔道をやって、将来は柔道の指導者になりたいと思っていたので、素直に「はい」とは返事できなかったけれど、初めて会った親方の堂々として、それでいて優しそうな雰囲気に引き込まれた。
1週間ほど考えて決めた。

「相撲取りになろう」と。

卒業式が終わるとすぐに荷物をまとめて家を出ることになった。
ぶっちゃけ寂しかった。
ずっと育ててくれた両親やじいちゃん、ばあちゃんと離れることになる。
友だちともだ。
相撲部屋に入ると、簡単に実家に戻ることはできないと聞いていたし。
やる気や期待はあったけど、ふるさとを離れる寂しさや新しい生活への不安のほうが日増しに強くなった。
叔父さんの車で家を出るとき、ばあちゃんが泣いていて、俺も泣きそうになった。
しかし、泣いてしまうと相撲取りとしててっぺん(横綱や大関)を取れないと思い、我慢した。
1時間ほど走って高速に乗ったあたりから不思議と寂しさはなくなり、新しい生活への希望が湧いてきた。

相撲部屋に着くと、親方やおかみさん、部屋付きの床山さん(髪結い)たちが喜んで迎えてくれた。
先輩の力士の人たちも親切に色々と教えてくれ、世話をしてくれた。
その部屋は、できてまだそんなに経っていないところで、所属する力士の数も10人に満たなかった。

「相撲部屋のしごきは激しい」と聞いていたが、先輩たちは皆優しそうで、中学の時の柔道部の先輩と同じ、同世代の若者という雰囲気だった。

生活する部屋は2年前に入門した先輩と相部屋を割り当てられた。
その先輩もすごく親切に色々と教えてくれた。
俺は、ここに来てよかったと思った。

部屋にやって来て3日目だった。
決まり通り、朝5時半に起きて土俵のある稽古場に下りていくと、まわしを締めた先輩が現れて、「なに、のこのこ起きてきてんだよ!」と怒鳴った。
俺が何のことか分からずにいると、別の先輩が「新入りは一番(に稽古場に来るん)だろ!」と言った。
俺はその瞬間、始まったと思った。
中学柔道部の時も入部した最初の時だけ優しくしてもらったが、しばらくして先輩たちが鬼のように変わった。
あれだと思った。
身の引き締まる思いがした。

俺は誰よりも早く起きて稽古場の掃除をし、終わると風呂の準備をし、延々とシコを踏み続けた後は稽古後のちゃんこ(食事)の用意のため駆けずり回った。
親方も、先輩力士も、床山も、最初はあれほどいい人たちだったのに素っ気ない。
あれほど優しそうに見えた親方も、お茶とかタオルとか差し出してもお礼の一つもなかった。

ただ1人、最初と変わらなかったのは、おかみさんだった。
おかみさんは、全く別の世界で働いていたところを親方と知り合って結婚し、おかみさん業をすることになったそうだ。
相撲部屋のおかみさん業というのは大変で、早朝から深夜まで所属力士の親代わりとして、世話をしなければならない。
ちゃんこにしても、風呂にしても、洗濯にしても、1人1人が規格外で、しかも何人もいる。
それに、強そうに見える力士だが、ケガをしたり体調を崩すことも少なくなく、そうなるとおかみさんが部屋の看護師的な立場で色々と世話を焼くことになるのだった。

俺が黙々と風呂場の掃除をしたり、ちゃんこの食材の入った段ボールを運んでいたりすると、おかみさんが「どう?新しい環境はなかなか大変でしょう」などと笑顔で声を掛けてくれた。
そんな時、俺は張りつめていた心が弾けて、家族や友達の顔を思い出して故郷に帰りたくなるのだった。

延々とシコを踏まされた。
続いてようやく鉄砲をさせてもらえた。
元々大食漢ではない俺だが、先輩の後に食べる残り物のちゃんこの効果で体重は少しずつ増えていった。
そのうち、ぶつかり稽古にも参加できるようになり、前相撲から、序の口、序二段と番付も上がっていった。
後輩も入ってきて、自分がされたようにそいつをしごき、鍛える係にもなった。

自分でも、いよいよこれからだなと思っていた矢先のことだった。
先輩とぶつかり稽古をしていたときに、その巨体の先輩に投げを打った瞬間、右肩に違和感を覚えた。
すぐにおかみさんに冷やしてもらったが、時間が経つほどに重い痛みが出てきた。
おかみさんの車で病院に行ったところ、肩を脱臼していることが分かった。
思い返せば、中学の後半から右肩の違和感を何となく感じていた。
ひたすら裏方に徹した。
今まで以上に土俵を心を込めて清め、ちゃんこ作り、掃除、その他の雑用に全力を尽くした。
そんななか、親代わりのおかみさんが励ましてくれた。

「今の苦労が必ず花咲くから」

俺は涙が出そうだった。
この先どうなるか分からなかったが、そう言われれば希望を持って頑張れる。

おかみさんの車で通院しながら、医師からのGOサインを待った。
ようやく「稽古OK」と言われて土俵に出た。
しかし数日後、また脱臼した。
凹みかけたが、「苦労が必ず花咲く」というおかみさんの言葉を信じて耐えた。
安静にして良くなって稽古へ。
またまた脱臼。
それが繰り返された。
さすがに凹んだ。

心は荒れた。
もう無理だと思った。
自由時間に、今までだったら稽古場を掃除したり、先輩のマッサージをしたりしていたが、やめた。
夜の街に出てパチンコをした。
しかし、いつも負けて、金がなくなった。
本屋に入った。
エロ本コーナーが目に入った。
何げなく一冊を手に取ってパラパラと捲っていて、そのページに目が留まった。

(似てる!おかみさんに)

そのページには髪の長いスレンダーな美人の女性が裸にされて、男2人にいやらしいことをされている画像が載っていた。
もちろんおかみさんであるわけはないが、似ていた。
俺はしばらく迷ったが、ポケットのあり金を集めてその本を買った。

部屋に帰って、就寝時間となった後、俺はその本をシャツの中の隠してトイレにこもった。
そのページを開く。

(やっぱり似てる。激似だ!)

俺はそれまで、おかみさんのことを美人だと思ってはいたが、エッチな目で見たことはなかった。
そんなことをしてはいけないという気持ちが働いた。
しかし、その時は心のブレーキが効かなくなっていた。
カチンカチンになったやつを握り締めてしごいた。
おかみさんを思い浮かべながら。

次の日。
おかみさんのことがまともに見れなかった。
おかみさんはそれまでと変わらず、「今日も頑張ろう!」とか言って、俺の肩をポンと叩いてきたりする。
その感触で変になりそうだった。
その夜もあのエロ本でしごいた。
次の夜も、その次の夜も・・・。

そんなある日のこと。
俺が米俵を運ぶ台車を取りに部屋の裏に行ったときこと。
部屋の裏が親方の自宅になっているのだが、その時、俺の目に入ったのは、干された洗濯物だった。
そこは親方とおかみさんの物専用のスペースだった。
そしてそこで俺の目に飛び込んできたのは、風に揺れる、おかみさんのものと思われるブラジャーとショーツだった。
フリルの付いた水色のブラにピンクの小さいショーツ。
俺は目眩を覚えた。

(おかみさん・・・あんなの着けてるんだ)

心臓がドキドキして息苦しくなった。
しばらくそれを見ていたが、先輩たちの声が聞こえたので急いで台車を取りに走った。

俺は完全におかしくなっていた。
ヨレヨレになったエロ本で毎晩シコシコし、用もないのに親方宅の物干し場にフラフラと行った。
そして、ついに、おかみさんの下着に手をかけてしまったのだ。
ワインレッドのシンプルなブラジャーと、水色の細いストライプが入ったショーツ。
ショーツの股間の裏地を確かめると、穿き込まれたものだったのか、かすかな黄ばみがあった。
俺は、まだ昼間だというのにトイレに行って、それらに鼻を押し当ててチンポをくっつけてしごいた。
人生最高のオナニーだった。

相撲の世界は年に6回の本場所と、季節ごとの巡業がある。
本場所は当然ながら、巡業にも親方をはじめ、力士や部屋付きの行事や床山が行くことになる。
その巡業の期間、俺は後輩2人と部屋で留守番をすることになった。
つまり部屋には、おかみさんと俺たち3人だけが残ったのだった。

巡業期間でも、留守番の力士も当然、稽古はやるわけだが、親方や怖い先輩がいないと、とてもリラックスできた。
おかみさんも同じ様子で、近所の手芸教室に行ったり、友達のところに遊びに行ったりしていたようだった。
俺は、“あの癖”をやめられないでいた。
おかみさんの下着を頂くこと。
俺の生活部屋にしまってあるカギ付きバッグの中には、すでにおかみさんの下着が何点も詰まっていた。

日曜日のその日は、1日自由時間となった。
後輩たちもそれぞれ街に出て行った。
奥さんは「買い物をした後で人と会ってくる」と言い残して、昼前に出て行った。
俺は、滅多にない、たった1人になる時間に心が高揚していた。
そして心の中の、あの虫が騒ぎ始めたのだった。

サンダルを履き、親方宅の物干し場へ。
干されていた。
洗濯物が。
俺は何食わぬ顔でそこに近づき、獲物を探そうと洗濯物に手を掛けた。
その瞬間・・・。
目の前のカーテンが突然、ビシャッと開いた。
ガラス窓越しに無表情のおかみさんが俺のことを見ていた。

「ごめんなさい」

親方の家の居間で俺はひたすら頭を下げた。
出かけたと思っていたおかみさんは、忘れ物を取りに戻ってきていたのだった。
おかみさんは、繰り返し下着が盗まれるので、被害届を出そうと考えていたと言う。
でも、それほど怒っている風でもなかった。
むしろ、「何があったの?」と俺のことを心配していた。
俺はただ美人で優しいおかみさんにエロい感情を抱いただけなのだが、おかみさんは、俺が何もかも上手くいかなくてヤケを起こしているのだと思ったようだった。

「どんな気持ち悪い人が盗っていっているのかって思ったけど、××ちゃんなら、ちょっとホッとしたわ」

そんな呑気なことも言っていた。
謝り続けた俺だったが、おかみさんが意外に普通な感じだったので、こっちこそホッとした。
そして萎んでいたエロい気持ちが急速に高まっていった。

「でもね、××ちゃん。私みたいなおばさんじゃなくて、若い子に興味向けなきゃ人生損よ」

相変わらず呑気な感じのおかみさん。
ダメならもう一度謝ればいい。
そんなことを考えながら俺はおかみさんに抱きついた。

「ちょっと、ちょっと」

うろたえるおかみさん。
俺はいい匂いを感じながらおかみさんを押し倒した。

「こらこら、どうしたの、ちょっと、だめよ」

おかみさんは俺をうっちゃろうとしている。
俺は幼稚園児のような気分になって、おかみさんのシャツとインナーを力づくでたくし上げ、ブラも押し上げた。
おかみさんは抵抗しているが、意外に冷静で、「だめでしょ。ね。やめなさい」と諭す感じで言っていた。

小ぶりなおっぱいだったが、乳首は大きめだった。
俺は夢中でそれに吸いつき、すぐにレロレロした。
おかみさんがギュッと俺のシャツを掴んだ。
意外な展開だった。
おかみさんは完全に俺を受けて入れていた。
俺におっぱいを舐められて、素直に感じていた。
俺は勝ち誇ったようにおかみさんのスカートを脱がせ、パンストとショーツに手をかけたところ、おかみさんは自分で脱いだ。
ひたすらおっぱい舐めをしながら、おかみさんの股間に手を伸ばすと、おかみさんが手を添えて導いてくれた。
夢かと思ったが現実だった。

「いけないのよ」と言いながらおかみさんは体をクネクネさせた。
いつも明るく、はつらつとした奥さんとは違う、エロい姿だった。

初めて触れる女性の体。
しかも相手は憧れていたおかみさん。
俺はメロメロになって、おかみさんのクリを弄り、たっぷり濡れてヌメヌメの膣の中を遊び、感じやすいコリコリの乳首をひたすら舐め回した。

ほつれ髪を直しながらおかみさんが体を起こすと、俺のスウェットのズボンを下ろし、トランクスの上から硬くなったやつを握った。
そして汗ばんだシャツを捲り上げると、乳首に舌を這わせてきた。
すごい快感だった。
さらにトランクスが脱がされ、溢れ出る我慢汁をローション代わりにシコシコされた。

「墓場まで持っていける?」

そんなことを言いながら俺のチンポを口に含んだおかみさん。
俺はすぐにおかみさんの温かい口の中でイッてしまった。
チンポは萎えることなく、おかみさんが持ってきたコンドームを装着された。

「せっかく買ってきたのに、長らく使ってないから。これ、大丈夫かしら?」

おかみさんは、ちゃんこ作りの時に野菜を見立てるのと同じ口調で言った。
座布団の上に寝かされた俺の上におかみさんが跨がってきて、あれよあれよという間に、童貞との別れの瞬間が来た。
正直、感触とかは覚えていない。
感触よりも、(あのおかみさんとセックスしてる、あの爽やかなおかみさんがエロいアヘ顔で腰をクネクネさせている)という事実に興奮した。
ものの数分で果てたと記憶している。
その時は4回、おかみさんとセックスした。

その夜も期待したが、おかみさんからは何もなかった。
次の日も、その次の日も。
数日後、巡業から親方一行が帰ってきた。
親方から呼ばれた。

「床山になるか?それとも郷里に帰って出直すか?」

最初に会ったときの優しい表情だった。
俺はよくよく考えて、郷里に帰らせてもらうことにした。

その後、通信制高校を卒業し、地元の会社に勤めるようになった。
夜は子どもたちに柔道を教えている。
昔、お相撲さんをしていたということで、子どもたちから相撲の話をよく聞かれる。
もちろん、おかみさんとのことは墓場まで持って行くつもりだ。