セルフボンテージの快感から抜け出せない私・第3話

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目が覚めた時すでに日は高く、肌を灼く夏の日差しでベッドルームを照らしていた。
久々の、じっとり粘つく夏日になりそうだ。

「・・・ッッ」

眠りと目覚めの気怠い境界線で寝返りを打ち、シーツをぎゅっと膝で絡め取る。
今日、これから行うセルフボンテージのことをまどろみつつ思い、無数の泡のように生まれては消えていく小さな期待をしみじみと噛みしめる。

「・・・ね、テトラ」

いつの間にか私の枕元に丸まっていた子猫に鼻を擦りつけて呟いた。

「私、お前と同じになるんだよ、今日は」

シャワーを浴び、火照った全身を冷やしていく。
余りもので冷製パスタを作り、ブランチを済ませた私は、小包の中身をじっくり点検することにした。
手枷、足枷、ボールギャグ・・・一つずつ点検していく。

「・・・」

金具の構造や感触を調べれば調べるほど脈拍が速く、不自然になっていく。
これは・・・一度のミスですべてを失う、危険な拘束具だ。
手首が肩に触れるほどきつく折りたたんだ両手と肘を筒状のアームサックで絞りあげ、金属のリングで固定する手枷。
しかも手枷は指先までを包みこむミトンタイプの革手袋と一体化している。
一度手を入れてしまったら形状記憶合金の枷が手首に食い入り、立ち上がれないのは当然、指を使った作業さえできなくなる。
つまり、再びお湯に浸して鉄の枷を開かない限り、拘束されてしまった私はドアのノブを掴むことさえ、いや、万が一の時に刃物で拘束具を切り裂くことさえ不可能になるのだ。
・・・これがどれほど危険なことか。

給湯器で調べてみたが、浸すお湯が39度を切ると枷は開ききってくれない。
たとえば、脱出のために用意したお湯を、こぼしてしまったら。
何らかの時間のロスで、お湯が冷めてしまったら。
防ぎようのない些細なアクシデントさえ、致命的な事故に繋がってしまう。
そうなれば二度と、私は自力では拘束を解けなくなってしまうのだ。
そう、誰かの手でも借りない限り。

「・・・」

・・・無力に打ち震え、廊下の隅で丸まって怯える全裸の私。
水谷君が、ケモノのように自縛した惨めな私を見下ろし、汗だくのお尻を平手で撲つ。
首輪を引きずって私を連れ込み、そうして人知れず私は監禁されてしまう・・・。
私はただ彼に飼われるだけのペットになるのだ・・・。

かくんと膝が力を失い、白昼夢が覚めた。
全身がじくじく疼き、わなないている。

(何を・・・なにを期待しているの、私は)

心の底で・・・ぽたりと何かが手の甲にしたたる。
十分にクーラーの効いている室内で、私は玉のような汗を浮かべていた。

久しぶりに夏をふりまいた夕日の残照が、のろのろとビルの谷間に沈んでいく。
空気だけはなお熱く、熱帯夜を予感させる湿り気だ。
夕食は上の空で、震える手で何度もフォークを取り落とした。
テトラにも異様な興奮は伝播してしまったらしく、今日はしきりに毛を逆立て、私の膝にしがみついて離れようとしない。

ドクンドクンと乱れる脈拍。
今ならまだ、やめることができる・・・。
やめようと思えば、簡単にやめられることなのだ・・・。
時計の針が深夜に近づいていく。
まだ、まだ大丈夫。
引き返せるんだから。

自分でも白々しいばかりの言葉を心に投げかけ、私は立ち上がって用意を始めた。
鏡の前でショーツを脱ぎ、ブラウスを肩から滑らせる。
衣ずれの音を残し、一切の衣服から火照るカラダが解放された。
淡いショーツのシミが頬を赤くさせる。
充血し、張りつめた乳房の上で、敏感な突起が尖りつつあった。
すでに小包の中身はテーブルに広がっている。
真新しい革の艶に目を奪われつつ、私は太ももまでの長い革ブーツを両足に通した。
女王様めいているが、実は奴隷の拘束具。
その証拠に、ブーツにの太ももと足首には革の枷がついていて、脱げないように絞ることができるのだ。

「・・・」

陶酔のせいで呼吸が乱れるのを感じながら冷たいフローリングに四つん這いとなり、私は獣の拘束具を取りつけていった。
膝を曲げ、太ももと足首の革枷を金属のバーで連結する。
バックルを施錠すると、窮屈な姿勢のまま下半身は自由を失った。
これで、私はもう立ち上がれない。

次は猫耳つきのボールギャグだ。
舌を圧迫するサイズのボールは、口腔の奥深くまで咥えても歯の裏に密着してしまう。
ヘッドギアのように十時に交差したストラップの水平な一本は頭の後ろで結び、もう一本は頭頂部に猫耳を貼りつけながらあごの下を通し、口を開くことさえ出来ないように完璧な拘束を施した。
施錠する間も、たちまち唾液が溜まりだす。
口の中に溢れたヨダレは、やがてどうしようもなく唇を伝って垂れていくのだ。
カラダには、首輪と、いつもの革ベルトの拘束具。
要所要所を絞り、オッパイを誇張するようにベルトからはみ出させていく。

「ンッ、ン」

自由を奪われていくスリルに満たされ、はしたなく声が溢れる。
濡れ始めたクレヴァスを指で押し開き、私は待ちわびるそこへバイブを咥えさせていった。
甘くヒダが蠢く気配。
這い上がってくる快感をぐっと押し殺す。

(まだ溺れちゃダメ、メインはこっちなんだから・・・)

ふさふさとした尻尾つきの、小さなアナルプラグを震える手で取りあげる。
滴る愛液で濡らし、ヒクヒクすぼまるお尻の穴へ宛てがう。
ツプンと飲み込まれると腸壁がプラグを咀嚼し、苦しいほど絡みつく感触に喘ぎが止まらなくなった。
一人遊びの惨めさが、たまらない愉悦に反転していく。
なにより獣にさせられた屈辱感が、カラダをどうしようもなく爛れさせるのだ。

尖りきった乳首にニップルクリップを噛ませてチェーンで繋ぎ、バイブを固定する革の貞操帯を穿き終えた頃には私は発情しきったメスになっていた。
目の前には、お湯で温められ、口の開いた手枷。
肘を折りたたんだ両腕を、それぞれ革の袋に押しこんでベルトで縛り上げる。
自由になるのは肩と手首から先だけ。
そこに革のミトンと一体化した手袋を嵌めるのだ。
手枷が締まれば指は完全に使えなくなり、拘束をほどけなくなる。

「・・・」

最後の瞬間、躊躇いが再び湧き上がる時間がないのは分かっていた。
始めるなら、急ぐほかない。
それでも・・・。
形状記憶合金のリングは、閉じるとバックルに相当する部分の凸凹がカチンと嵌まり、真円になる。
本当にそうしたいのか。
リスクが高すぎないか。
今だって十分ハードな自縛だし、カラダは甘い悦びを感じているのだ。
施錠したすべての鍵をしっかり握り締め、心の中のやみくもな衝動を探ってみる。
なぜなのか、と。

「・・・」

答えは簡単だった。
試さずにはいられない。
被虐的な陶酔を、絶望の縁で湧き上がるアクメの激しさを、身をもって私は知ってしまったからだ。
危ういほど、快楽の深みも増すのだから。
だからこそ私はセルフボンテージに嵌まっているのだから。

静かに、左右の手を手枷に押しこんでいく。
手首の一番細いところに合金のリングが当たるのを確かめて、私は、自分から・・・床に屈みこんで顔を洗面器の脇に擦り付け、用意しておいた氷水に片手を差し入れた。
いつになく意識は乱れ、カラダはいじましくバイブの動きに反応していた。
前も後ろも口さえも、すべての穴をいやらしく埋められて、私は・・・。

バチン!

思いのほか大きな音がして、ビクンと裸身が引き攣った。
手枷のリングが細くなり、深々と手首を喰い締めている。
見下ろすリングは水を滴らせ、継ぎめの無い金属でびっちり接合されていた。
あまりにもいやらしく完璧な拘束に、マゾの心が波打って震えだす。
熱に浮かされ、私は残った手首も氷水に突っ込んだ。
ひやりと冷たい現実の感触とは裏腹に、たがが外れたかのように妄想が加速しだす。
後戻りできなくなる・・・これで、私は・・・。

!!

二度目の音は、甘く淫らなハンマーとなって私のカラダを打ちのめした。
またしても全身がのたうち、ヒクヒクとアクメによじれる。
快楽と理性の危うい狭間で必死に自分を保つ。
溺れてしまえばそれで終わり、この困難な脱出を成功させることはできないだろう。
立ち上がることの出来ないカラダ。
握り締めた拘束具のカギは、すべて手枷に閉じ込められ、取り出すことさえ出来ない。
手枷を開くためのお湯の蛇口は、手の届かないキッチンのシンクの上だ・・・。

「ン、んぁッ・・・」

ブルリと火照った裸身を身震いさせる。
私自身の手で完璧な拘束を施されたカラダは、一匹のはしたない獣、そのものだった。

・・・どのくらい、呆けていたのか・・・。
フローリングに滴ったいくつもの水音が、とろけきって散漫な意識を引き戻す。
汗、ヨダレ、そしてクレヴァスからしたたるオツユ・・・。
四つん這いの格好は不自由で、まるで動けない。
肘も膝も、折り曲げたカラダは借り物のようにギシギシ軋みをあげていて、そんな中、バイブを二本挿しにされた下腹部だけがゆるやかに律動しているのだから。

気持ちいい。
快感を止められなくて、流されるだけで、すごいいい・・・。
何もかもが異様なほど意識を昂ぶらせ、心の中を被虐の色一色に染めあげていく。

「んふ、ふァァ・・・」

等身大の鏡に映りこんだ私自らの裸身に見惚れ、うっとり熱い息を吐き出す。
なんて貪婪で、浅ましいマゾ奴隷だろう。
あどけなく色づいた唇にあんなにもボールギャグを頬張って、顔を醜く歪めさせられて。
あごの下のストラップに圧迫されて喘ぎ声さえろくに出せず、だらだらヨダレ混じりに虐め甲斐のある瞳を潤ませて、こっちを見ているんだから・・・。
これが、こんなのが、私の心が望んだ本当の私の姿なんだから・・・。
ゾクゾクッと背筋がわななき、弓なりに激しくたわんで引き攣れてしまう。
それでも私は拘束姿のまま、おぼつかない肘と膝を張り、四つん這いでこらえるしかない。

セルフボンテージは、MとSが同時に同居する、不思議なSMのありようだ。
快楽に溺れつつ、自縛した者は己の理性を保ち続けて抜け出さねばならない。
相反する快楽と理性の螺旋、それが私を狂わせる。
我慢させられることで、Mの悦びは何倍にも膨れあがるのだから。
想像してはいけない。
感じすぎてもいけない。
冷静に、すべて把握しないとダメだ。

「ンッ、ン」

今日の私、変だ。
一昨日より全然カラダが感じちゃってる・・・。

もつれる意識を振り払い、私は恐る恐る動いてみることにした。
脱出のための手段は今日も屋外にある。
どのみち、拘束具を送ってきたご主人様の意図は、私をケモノの姿にして這いずる様を鑑賞することなのだろうから。
膝から下と肘だけを頼りに、私は自らアパートの廊下を歩いていくしかないのだ。

ギシ・・・。

恐る恐る踏み出す足は、金属のリングのせいで歩幅を稼げない。
アームサックの底にパッドが入っているとはいえ、一歩ごとに肘にかかる負担も大きく、亀のようにのろのろ歩くしかない。

「・・・っく」

2、3歩玄関に向かいかけ、たまらず立ち止まって呻く。
ギイギイと革鳴りの軋みを響かせて歩くたび、たゆんたゆんと弾む乳房の先でニップルチェーンが揺れ動き、妖しい痛みと衝撃で裸身がヒクヒクのたうつ。
外しようがないと分かっていても、充血した乳首が重みでブルブル引っ張られるたび、腰が凍りついてしまう。

(ンァ・・・ダメ、やっぱりつらすぎるかもしれない・・・立ち止まってちゃいけないのに)

四つん這いのまま廊下に出て、端に置いてきたバケツの熱湯に(もうだいぶ冷めてそうだが)手袋を浸さなきゃいけないのに。
戦慄めいた焦りばかりが裸身を駆け巡り、じっとりカラダが潤みだす。
拘束が、抜け出せない恐怖が、気持ちいいのだ。

汗を吸ってぬらつく革は、ほんのり上気した肢体に馴染んで、すでに肌と同化している。
びっちり吸いつく空恐ろしいほどの一体感。
悩ましく、ただただ狂ったように全身を燃え上がらせてしまうのだ。

「・・・」

ポタタッと滴るのは、ひときわ深く緊縮しきったクレヴァスから溢れたオツユだった。
みっしりと埋め込まれ、薄い肉を隔てて掻きまわされ、その快美感に私はボールギャグの下でむせぶしかない。

「あぅ、ン!?」

太ももを大きく動かせば、お尻の谷間に潜り込む貞操帯が微妙に位置を変え、バイブの角度が変わってさらに濡れそぼったヒダを突き上げてくる。
断続的な悲鳴をあげながら四つん這いでリビングを抜け、玄関に向かった。
とことこと歩くお尻を時おりファサッと尻尾の毛が撫でていく。
くすぐったい感触が、ケモノの姿に堕とされたという私の現実を強く意識させた。
幾度となく湧き上がる被虐の波を、ボールギャグを思いきり噛みしめてやりすごす。
こんなところでもうイッてしまったら、それこそ終わりだ。
手枷だけでも外さないと。

「・・・」

床に転がった給湯器のリモコンを蹴飛ばしかけ、よろけた。
バケツに熱湯をみたしたとき、よほど焦っていたらしい。
踏んで壊さぬようによけて歩いていく。
ようやく冷たい玄関の扉にもたれかかり、私は一息ついた。
玄関ドアには、スリッパを挟んで閉じないようにしてあった。
拘束されてしまえばドアを開けることなどできない。
そのための仕掛けだ。

「はぁ、はぁ・・・」

ボールギャグで乱れっぱなしの呼吸を整え、静かに外の様子を窺う。
扉の隙間から流れてくる、むっと熱い夜気以外に人の気配はない。
そろそろ日付が変わった頃だ。
お盆の最中だし、誰もいないだろうと思う。
あとは、決断するだけだ。
今まで試したことのないスリリングな、一糸まとわぬ姿での行為を。
隠しようのない全裸で、どころか手も足も括られ、喋る自由さえないこの拘束姿で、アパートの廊下に出て行く・・・。
自ら野外露出に挑む、最後の決断を。
心臓が、鼓動が、破れそうな勢いで脈を打っている。

「ふぅ・・・んぅぅ・・・」

一度出てしまえば、この鈍い歩みだ。
誰かやって来ても逃げたり隠れる自由さえない。
文字通り、惨めな晒し者の奴隷になる。
・・・本当は、心の底で、それを望んでいるのではないのか?

「ンクッ・・・ふぅ、ふぅぅっ・・・」

ドクンドクンと狂ったように動悸が苦しかった。
下腹部がグリグリとバイブの振動で満たされ、太ももがビショビショに濡れそぼっている。
気づかぬうち、軽いアクメに何度も襲われ、カラダがイッてしまっているのだ。
情けなさと同時に、この自縛の恐ろしさがチリチリ心を蝕んでくる。
自分を制御できない・・・それは、セルフボンテージでは失敗を意味するからだ。
実際、海外では陶酔の中、拘束をほどけず事故死してしまうマニアさえいるのだ・・・。

「クッ」

きりっと歯を食いしばり、妄想をぐっと押し潰す。
私のカラダは甘くひりつき、マゾの快楽を求めている。
ケモノの姿で野外に歩きだすスリルを、刺激を。
危うい妄想は、その快感を加速させるだけだから・・・。

息を殺し、周囲を窺った。
何度もイキながら、声だけは無意識に殺していたのだろうか。
両隣には気配もない。
外の様子を窺い、そして、ゆっくり頭と肩で玄関ドアを押し開ける。

ギィィ・・・。

ねっとりした夏の空気が裸身をひしひしと押し包む。
尻尾と首輪のリードが挟まりそうになり、両足を突っ張ってぐいと扉を開いた。
段差に気をつけて踏み出した私は、冷えた廊下の感触をしみじみと噛みしめていた。
ザラリとした小さな砂や、埃で汚れたコンクリートの感触。
これが、そう。
本当に私はケモノの姿でアパートの廊下にいるのだ・・・。
見上げてみると、部屋のドアが呆れるほど高く、遠い。
まるで、幼い子供の視点だ。
あるいはペットの。
目を落とし、拘束具の首輪から垂れたリードに目をやる。
これを手にするご主人さまが私にいてくれたなら・・・。

「ンク・・・ンッ」

甘やかな被虐の思いが、疲労の残る下腹部をたちまちカァァッと燃え上がらせる。
パタンと扉が閉じる。
その音を合図に・・・じくじくっと滴る雫に目元を赤らめ、私は一歩一歩、歩きだした。
お尻を振りたて、肘と膝で弱々しく歩く。
自然と首は下がり、汚れた廊下ばかりを眺めてしまう。
視界のせいか心細く、絶望感でアソコがビリビリ感じきっている。
今の私はもう人じゃない。
発情した、いやらしいペットそのものだ。
乳首を噛むチェーンは、さしずめ牛の首に下げるカウベルのような感じだろうか。

「くふッッ、かはァ・・・」

もどかしいほどカラダは爛れ、のたうつ快楽が喘ぎとなって殺到する。
私の部屋が908号室、廊下の端は910号室の先だ。
2部屋きりだけど、人がいるかもしれない部屋の扉の前を、私は横切って行かないといけないのだ。
各部屋とも、玄関ドアと一緒に窓がついている。
暑い熱帯夜のこと、クーラーを惜しむ住人が、窓を開いて自然の風を求めでもしていたら・・・。
怯えた目で窓を見上げ、ビクッとしながら拘束された手足を動かす。

「ンンッッ」

必死になってボールギャグを噛みしめ、猫耳を震わせて、私は喉から迸る呻きを噛み殺していた。
残酷なボールギャグのせいで、まだしも声は抑えられている。
とはいえ、あごの下を通るストラップは私の惨めさを煽りたてていた。
いかにもケモノに噛ませるための道具。
馬がはみを噛まされているかのように、私のカラダも容易に操れるだろう。
この姿では、何をされたって、抵抗などムダなのだ。
ゆっくりと・・・恐ろしくもどかしい速度で、廊下の端に置かれたバケツが近づく。

不意に私は、時間が気になった。
あの瞬間、玄関前でイッていた私はどれほどムダな時間を費やしたのか。
遅すぎて、バケツのお湯が39度を切ってしまったら・・・。

「んぐ・・・ッッ!!」

今や、例えようもない切迫感と嫌な予感が不自由な身を駆り立てていた。
夢の中で私は絶望し、逃げ場を失っていた。
まさか、あの二の舞が・・・。

ズキズキと手足を疲労させ、もつれさせてバケツに近づく。
そう・・・あとは、この中のお湯に・・・ようやく、バケツに辿り着いた。
お湯に手枷を浸し、じっと待つ。
何も、起きなかった。
・・・ほっとゆるみかけていた意識。
これで外せるという安堵感、同時にジクジクと裸身を疼かせる物足りないような勿体無いような残念な気持ち・・・。

異変に気づいたのは、もう5分近くもお湯に手枷を浸したかと思う頃だった。
手首の拘束が、まるで楽にならない。
固く食い込んだまま、リングの端をピタリと閉じたままなのだ。

(・・・遅すぎたの、私は・・・?)

ヒヤッとしたそれは、疑いようのない直感だった。
ぶわっと湧きあがる焦りと衝動を、辛うじて胸の奥に押し戻す。
大丈夫だ。
だからこそ用心のためドアにスリッパを挟んで、失敗した時でも戻れるようにしてあったんだから。
家に戻れば給湯器だって風呂場だってある。

・・・そこで気づいた。

私・・・、ドアの閉まる音を、確かに聞いていなかっただろうか?

<続く>