セルフボンテージの快感から抜け出せない私・第4話[完]

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ギョッとして振り返る。
この場所からでは遠すぎた。
もはやひりつく実感となって全身を鳥肌立たせる感触に追われ、私はもつれながら四つん這いで自分の部屋に戻っていく。
挟んであったスリッパが覗いていれば、このカラダでもどうにか割って入れるのだ。

・・・だが、ドアはぴたりと閉まっていた。
不自由な手ではノブを回せない。
真実の恐慌が、パニックが私の心を飲み尽くすまで、たっぷり3秒近くかかった。

完全な『嵌まり』・・・。
私は抜け出す手段を失ったのだ。
最初に訪れたのは真っ白な衝撃。
そびえ立つ無慈悲な鉄扉を見つめるばかりで。
・・・絶望は、あとから深く、音もなくやってきた。

ほんの数時間前に・・・あるいは昨日、獣の拘束具を試そうと思った時に・・・。
いや、もっと前、奇妙な夢に飛び起きた、夏休みの始まりのあの朝に・・・。
私の無意識は、この無残なセルフボンテージの失敗を夢見て知っていたというのか。
あとはただ他人の目に晒され、辱められるしかない、浅はかな興奮に舞い上がった惨めな自縛のなれの果てを。

「ふっ・・・ふぅっッ・・・」

全身が凍りついて、身動きさえできない。
尻尾のプラグにアナルを犯され、お尻を振りたてながら裸身をひくつかせているだけ。
両手両足の自由を完璧に奪われた、いやらしい牝犬の拘束姿。
いつ、誰に見られても言い訳できない倒錯したマゾ奴隷の艶姿がこれなのだ。
ねっとり重みをはらんだ乳房の先が、痛いほどにそそり立ってクリップに食い込む。
オッパイを絞りつくす革の拘束具は汗を吸って裸身に馴染みきり、わずかな身じろぎすら甘い疼痛にすりかえてギリギリ食い込んでくる。

「っふぅ、グ・・・んむッッッ」

無残に噛みならすボールギャグさえいやらしくヨダレにむせかえり、糸を引いている。

(ウソ・・・嘘よ、こんなの)

冗談なら、夢なら覚めて欲しいのに・・・。
必死になって首を揺すり、拘束された腕を不自由に手枷の中でのたうたせて抗う。
アパートの廊下に這いつくばったまま、何をすべきかも、どうすべきかも分からない。
この瞬間もなお、発情しきった汗みずくのカラダは一人よがり狂ってしまうのだ。
声もなく、めくるめく被虐の怒涛が真っ白になるまで意識を吹き飛ばし、エクスタシーの極みへと裸身を持ち上げていく。
二度と味わうことのないだろう甘美な絶望の味を噛みしめ、完膚なきまでに残酷な現実で、私を打ちのめして・・・。
断続的に意識がとぎれ、快楽を貪って白濁し、再びふっと鮮明に戻ってくる。

(どうしよう・・・縛られたままで、私、どこへもいけない・・・)

気づけば私はすがりつくように隣の907号室の扉に身をすり寄せていた。
まるで扉越しに甘えれば、水谷君が私を助けてくれるかのように。
ご主人さまの顔を作って出てきた彼が私を抱き締め、守ってくれるかのように。

(・・・バカ)

すぐに思い出す。
水谷君はバイト中なのだ。
無人の部屋の前で、私は何を錯乱してしまっているのだろう。

「うぅぅぅぅ・・・」

やましかった。
浅はかな欲望に溺れて自制を失った、自分自身が。
安全なセルフボンテージの手段はいくらでもあった・・・。
なのに、私はもっとも危うく、リスクのある行為を選び、なるべくして失敗したのだ。
四つん這いの裸身がもつれ、びっちりアームサックで固められた肘がズルリと滑った。
顔から床に突っ込みかけ、必死でカラダを泳がせる。
ゾブンと、甘くキツい衝撃が戦慄めいて不自由な下半身を抉りぬいた。
瞬間、遠吠えする獣のように背中が反ってしまう。

「ンァ・・・んぁぁぁァッッ!」

(ヤァッ、すご・・・感じちゃう・・・ッッ・・・!!)

腰をねじった拍子に、濡れそぼるヴァギナの奥をバイブが突きこまれ、窮屈な角度で肉壁をえぐりぬいたのだ。
場所も状況も忘れ、私は緘口具の下から淫らな悲鳴を吹きこぼしていた。
次々こみあがった喜悦の迸りを抑えようと懸命に口腔に嵌まったボールギャグを咥え込む。
こんなアパートの廊下でよがり声なんか出していたら・・・。
いくらお盆とはいえ、住人はまだかなり残っているはずなのだ。

「・・・ッ」

あごの下を喰い締めるボールギャグの革紐が、チリチリ情けなさを醸し出す。
人として喋る自由を奪ったボールギャグを、自分から噛みしめる屈辱感が肌を震わす。
与えられた轡に喜んで噛みつく馬と、どれほど差があるというのか。

(私、ケモノじゃないのに・・・)

溢れかえる刺激を抑圧するしかない苦しみすら、心をゾクゾクと嬲りたてるようだ。
それでもマゾの辱めに耐え、なす術もない拘束の痛みを噛みしめながら、残った理性をかき集めて、私は自分自身を注意深く瞳でたしかめ、全身を揺すりたてた。

ギギ、ギュチチ・・・。

音高く食い入る革の痛みさえ、興奮しきった私には誘惑となって揺さぶってくる。
ひょっとしてゆるみかけた拘束はないのか。
ほどけそうな部分がないのか。
・・・拘束は、完璧に柔肌をとらえていた。
むしろ、藻掻くほど汗が染み込み、一層いやらしく全身が絞りたてられてしまうほど。
ゆるむどころではない。
折りたたんだ肘はアームサックでビッチリ腕の形が浮きだすほど縛められ、太ももの枷は微かに血行を阻害している。

「う、ウグ・・・」

とっくの昔に肌で理解している通りに・・・もはや、私が自力で拘束をほどくことは不可能なのだ。
理解が行き渡った瞬間、裸身はただれた快楽に渇き、ドクンと心臓が跳ねあがる。
私に残されているのは、それ一つだけ・・・。
逃げだす自由を失い、夢中になってバイブの動きを咀嚼し、犯される苦しさに身をうねらせるだけなのだ。
不自由なことが、逃げ場のない絶望が、終わりのないアクメが、これほど甘美だなんて。
めくるめく衝撃は神経を灼き、アヌスを滑らせ、止め処なくクレヴァスを潤していく。
クライマックスに終わりはなかった。
イッてもイッても、よがり狂った疼きと盛りはいや増すばかりだった。
手枷の奥で指を握り締め、瞳をギュッと閉じ、裸身をぎくしゃくと弾ませて・・・。

(まだ、まだイクッ・・・止まらない)

腰が跳ねて・・・切ないのに・・・どうしてだろう。
縛られて、苦しいのに。
手枷が外せないのに、そんな焦りさえもがこんなにもいいだなんて・・・。
調教されたカラダが、勝手に反応しちゃう・・・。

「ん、んくぅぅぅ!」

もはやボールギャグの滴りとともに喘ぎ声さえかすれて迸る。
じっとり濁った夏の夜気は冷静な思考を汗に滲ませ、呆気なく快楽に砕けちった。

「・・・クフッ、かっ、かハッ」

思い出したように、時おり喘ぎ声の残骸めいた吐息が唇の端から洩れ出す。
ぐったりと気怠い自虐の惨めさに身を灼かれ、はぁはぁと呼吸を繰り返すばかり。
つらく、長い道ゆき。
自分が何をしているかはっきりしないまま、私はよたよたおぼつかない仕草で四肢を動かし、少しずつアパートの廊下を歩いていく。
・・・そう、まさに四肢、だった。
指先まで自由を奪われた両手は、ただのケモノの四つ足と変わりないのだから。
お尻の穴がギシリと疼痛で軋み、尻尾がいじわるくお尻の肉を打つ。

「ふぅっ、ふぅぅ」

四つん這いで映る視界は驚くほど狭く、不自由だ。
汚れた床だけを見つめ、みっちり下半身を串刺しにされたまま、肘と膝を使い、快楽のうねりに飲まれて歩く。
一歩ごとにダイレクトな振動が胎内の異物をギジギジと揺らし、微妙に下半身を犯す。
本当に男のモノを受け入れ、為す術なく突かれてよがり狂っているかのような掻痒感が、滾りきった蜜壷をグジュグジュに灼き尽くす。
鼻の頭からは、ポタポタ滴る涙滴の汗。
微かに不快で、けれど窮屈な束縛を施された両手では満足に拭うこともできない。
顔を流れる汗はケモノの浅ましい興奮と奴隷のいやらしさを引き立てるかのようだ。

四つん這いのカラダにも、少しずつ馴染んできた。
カチャ、カチンと金属音を奏でて、足首と太ももを繋ぐ金属バーが歩行を制限する。
住人に聞こえてないだろうか、不審がられて出てこられたら・・・。
足を進めるたびに、目撃される恐怖と甘いスリルとが交互に心を蝕み、トロリと下腹部が熱い粘液をこぼして、そのヒリつきを主張しだすのだ。

「ンク・・・ンッッ」

かふ、かふっとボールギャグを咥え直しては、浅く息苦しい呼吸を繰り返す。
エレベーターホールに辿り着いた時、下半身は沸き立つほど甘く沸騰し、バイブを緊めつける革の貞操帯はドロドロに糸を引いて汚れきっていた。
ちらりと振り返ると、私の歩いた後には点々と雫がこびりついていた。
ヨダレと汗、愛液がブレンドされた女の雫。
拭うことのできない痕跡に、カァァッと頬が上気する。

(わたし・・・なにを、してるんだっけ・・・?)

ぐずぐずに溶けくずれた意識でぼんやり目的を思い返した。

(そうだ・・・ご主人さまを、ここで待とうと思って・・・)

水谷君がバイトから戻ってくるまでに、誰かが来ないとも限らない。
だから、せめて逃げ場のあるエレベーターホールにいようと思ったのだ。

「くぅぅ・・・ゥン」

快楽に翻弄され、残酷な手枷の中で指が突っ張った。
アームサックから覗く手首は、絶望めいた形状記憶合金のリングが嵌まったままだ。
どんなにビクビクあがいても、緩みもしない金属の枷。
これが食い込んでいる限り、絶対に私は自縛を解けないのだ。
睨みつける瞳が悔しさで潤む。
見つめるカラダは奴隷の標本だった。
丸くバイブの底を覗かせ、ぷにっと爛れた土手を裂いて革ベルトはお股に埋もれきっていた。
コリコリに尖ったクリトリスを潰す革紐は、無数の痛みをもたらすばかり。
寝静まった深夜のアパートで、ひとり欲望に耐えかね、這いつくばって悩ましく身を焦がす自分が哀れで、また愛とおしい。

とことこと、エレベーターの前に歩み寄って・・・そこで、誰かが上がってくるのに気づいた。
ゆっくり数字が上昇してくるのだ。
ご主人さまが戻ってきた。
思いかけて、なぜ、と思った。
なぜ、このエレベーターに乗った相手が、水谷君だと思ったのか。

「・・・!!」

はっと、冷水を浴びせられたように我に返る。
誰が来たか見極めもしないで、ホールの中央にいるつもりだったのか。
冗談ではない。
まず隠れて、状況を窺うのが先のはずなのに。
ごぼっと、苦悶のようにボールギャグからヨダレが溢れだし、廊下に滴る。
焦ってもつれる手足を動かし、わきの階段へと逃げた。
暗い踊り場で一瞬立ちすくむ。

・・・ポーン。

「・・・っっぅ!」

エレベーターのチャイムに飛び上がり、私はあちこち壁にぶつけながら必死の思いで階段を駆け昇った。
ガチャガチャンとやかましい金属バーが、なおさら冷や汗を噴き出させる。

「おい、なんか今、そこにいなかったか?」

「え~、なに、ほっときなよぉ」

軽薄そうな男女の会話が背筋を凍りつかせる。

(中谷君じゃない、違った・・・)

あと一瞬、遅ければすべてが終わっていたのだ。
びっしょり背筋を流れくだるのは、本当のおののきなのだ。

「いや、気になる。ちょっと確かめるさ」

「なに言ってんの、やめなよー」

不審げな男の声に焦りが蘇り、私は追い立てられて階段を上っていった。
打撲で腫れ、ズキズキ軋む手足をかばいながら、できる限り静かに這っていく。
この時はまだ、気づいていなかった。
なぜ階段を上がったのか。
ごく簡単なこと。
このカラダでは、階段を下りることなど不可能そのものなのだ・・・。

「ンッッ」

ぼんやり厚い雲に覆われた空を目にして、わけもなく涙が溢れた。
とうとうここまで来てしまった・・・。
卑猥すぎる縛めを施したきり、文字どおり丸出しの裸身で、私は遮る物もない広い屋上に追い立てられてしまったのだ。

9階から階段を上がると、すぐに屋上に出る。
眺めのいいこの場所も、今はねっとりした真夏の夜風になぶられ、闇の濃さを際立たせている。
厳しい縛めの下で、関節が悲鳴をあげていた。
獣さながらにブルリと全身を震わせ、もはや降りることのできない階段を見つめる。
闇の中うずくまる女の裸体は、拘束された汗だくの白い四肢は、人目にどう映るのか。

(化け猫かも・・・)

そう思ってから、ちょっと哀しくなった。
私は誰にも飼われていない。
飼われることを、尽くす悦びを知らない寂しいペットだ。

ふぅふぅと、荒い息のたびに波打つ腹部が愛おしい。
抱き締めて欲しい。
唐突にそう感じた。
ペットが可愛がられるように、飼い主の手に包まれて撫でられてみたい。
いくらでも甘え、時にお仕置きされて、ご主人さまの言う通り躾けられて、逃れるようのないマゾのカラダに調教されていくのだ。

「ん・・・くぅぅン」

鼻声が耳をつき、こみ上げる寂しさにギョッとする。
私のご主人さまはどこにいるんだろう。
志乃さん宛の拘束具は、常に私のカラダを計ったかのようにフィットする。
私と志乃さんの体格が似ているだけかもしれない。
けれど本当は、誰かが私のサイズを目で測っているのではないか。
革製の拘束具は気軽に買える値段ではない。
まして、ここまで特殊なカスタマイズがされていればなおさら・・・。
それだけ大事に調教してくれるご主人様なら、どうして私を助けてくれないのか。

「っふ、くふ・・・」

トクン、トクンと裸身だけは火照り続け、めくるめくアクメを貪って断続的な痙攣を繰り返している。
どうしようもない刺激。
どうしようもない拘束・・・。
絶望の縁で、最後の快楽の火花が一際激しく燃え上がるかのように。
ゾクゾクッと神経を灼きつくす快楽の波に飲まれ、何度も弓なりに背中が反り返る。

初めから、危険だと思っていた。
危うい拘束具だと分かっていたのに、なぜ私は杜撰な自縛を選んでしまったのか。
いけない、そう思う。
朦朧とした意識が間違った方向へ動いている。
考えちゃいけない・・・けれど。
本当の私は、なす術もなく自由を奪われるこの瞬間を待ち望んでいたのではないか?
ドクンと、心臓が大きく脈を刻む。
セルフボンテージに嵌まっていったのも、そう。
二度と感じることのない究極の絶望を私は味わいたかったのか。
OLではない本当の、拘束されたマゾとしてアパート全員の晒し者にされ、嬲られたいと願っていたのではないか。
ならば、残酷きわまるこのシチュエーションこそ、最高の快感なのではないのか。
もはや私には自縛から逃れる手など何一つ残されていない。
こうして怯えながら一睡もせずに夜明けを迎え、やつれきった白い肌に固く革を食い込ませた無残な姿で他の住人に発見されるのを待つしかないのだ。
牝の匂いをまき散らして・・・それが、私のエクスタシーなんだから・・・。

「ッグ、ひぅ、いぅぅぅ・・・んぁァッ!」

思った瞬間、狂乱が下腹部を突き抜けていた。
灼熱の怒涛と化して、濡れそぼったクレヴァスから異様なほどの愛液がこぼれだす。
ぬめりきった熱い蜜壷はゾブゾブとバイブを噛み締め、一斉に微細な蠕動を始めた肉ヒダから、過敏になった神経はめくるめくアクメの波を、不自由な全身の隅々にまで送り込んでくるのだ。
ゾクン、ゾクンと律動めいた絶望が、子宮から津波の勢いで全身を浸していく。
鈍くだるかった手足や、拘束されたカラダさえ昂ぶる被虐の波に飲み込まれ、絶頂を恐れて激しい身悶えを繰り返してしまう。
アナルプラグをきゅうきゅう拡約筋で絞りたて、生々しい異物感に心奪われたまま。
ニップルチェーンをおっぱいに当てては、ぐぅっと一点に集約する痛みを味わって。
こんな・・・発情した獣のように、止め処なくイカされてしまう・・・。
どれほど強く藻掻いても、どれほど嫌がり、心で抵抗しても。
逆らえば逆らうほど、甘い奴隷の悦びばかりが全身に吹きこぼれてきて・・・。
ボールギャグにギリギリ歯を立て、ほとんど絶息しながら私はマゾの高みに昇り詰めていった。

・・・曲げた膝を90度に固定されたままでも、膝立ちの要領で上半身を起こすことはできた。
縛り上げられた両手でカラダを支え、肘を振りあげてエレベーターのボタンを押す。
回数表示が動きだし、やがて屋上で止まる。

ポーン。

チャイムから開くまでの一拍、緊張のあまり全身がヒクンと収縮した。
ドアが開く。
無人だった。
開いたエレベーターは無人だった。
当たり前だ。
深夜のこんな時間、わざわざ屋上にやってくる住人などいない。
ふぅ、ふぅぅっと四つん這いの拘束姿で身構えたまま全身の毛が逆立ち、引き攣った裸身が恐怖の余韻で跳ねている。

惨めな子猫だ・・・。
わななく被虐の戦慄はそのまま快感の波浪となって子宮の底に流れ込、渦をまいて熱いしぶきを吹き上げた。
一際濃い蜜液がトロリと下の唇を彩り、舐め回す。
よく躾けられた、発情気味の猫。
乗り込んだエレベーターの中で同じポーズを取り、9階のボタンを肘で押す。
沈みこむ感覚が下半身をそっと慰撫するようにかき乱した。

ポーン。

再び開くドアの前で私はギクギクと緊張しきっていた。
こんなにもおののいて、疲弊して。
私が私でなくなっていく、そんな感じさえするのだ。
9階のエレベーターホールに降りた私は、脱力した四肢を突っ張ってのろのろと廊下を戻っていく。

もう、かまわないと思った。
誰に見られてもかまわない。
住人に出会っても、悲鳴をあげられても・・・あるいは、犯されても。
それだけのミスをしたのだと思えてならないのだ。

907号室の窓からは、さっきと違って細く明かりが見えた。
水谷君が帰ってきている。
なら、私にできることは一つきりだった。
のろのろと自分の部屋の前に、四つん這いで向かう。
水谷君を呼び出して助けてもらうのだ。
どれだけ恥ずかしくても、耳たぶまで真っ赤になってしまっても、それ以外にこの残酷な自縛を解く方法なんてないのだから・・・。
カツンと足を固定する金属バーが引っ掛かり、反響が消えていく。
足が、止まっていた。

「・・・!!」

目にしたものが信じられず、全身がすくみあがった。
充血し、汗ばんでいた裸身がみるみる鳥肌立っていく。
そんな、まさか。
たしかに確認したはずなのに・・・。

「ニャー」

心細げにテトラの声が響く、私の家のドアは。
つっかかった靴べらが挟まって、薄っすらと開いていたのだ。

・・・。

「どうしたの、早紀。なんか嬉しそう。彼氏でもできた?」

「ん?」

運転席からバックミラー越しにこっちを見る友人に、私は笑い返す。
結局、あの後・・・どうにか部屋に戻った私は、床に転がっていた給湯器のリモコンに救われたのだった。
浴槽からお湯を溢れさせ、形状記憶合金の手枷を浸して外したのだ。
その後、もどかしい縄抜けは30分以上かかり、曲げっぱなしだった肘も膝もしばらく痺れきっていた。
絶望の底を舐めつくした、震え上がるような奴隷の一夜。

「ふふ、久々の腐れ縁じゃないの。楽しくないはずないじゃない」

「うわ~、腐れ縁だって。大学時代、どれだけ私が早紀に尽くしてあげたか忘れた?」

「ん~、合コンのダブルブッキングで冷や汗かいたこととか?」

空っ惚けると、二人の友人はころころ笑う。
同乗するのは大学時代の友人たち。
一人は私と同じOL、もう一人は共働きの主婦をしている。
二人とも危ういSMなど興味もないだろう。
私にとって、セルフボンテージは束の間のスリリングな遊戯だ。
それが日常であってはならない。
時おり快楽の縁を覗く・・・だからこそ、興奮は増すのだ。

もちろん、あの夜の謎は残っている。
閉じてたはずのドアがどうして開いたのか。
テトラが何かしたというのか。
あるいは私が早とちりしただけで、最初から薄く開いていたのか。
確かに閉じたドアを私は確認したと思う。
思うけど、あの混沌と、朦朧とした記憶をどこまで信じれば良いのか・・・。
けれど、私は深く考えないことにしていた。
もし、あれがまだ見ぬ誰かの行ったささやかな介入なら、それでも良いと思うのだ。

「・・・」

いや、うん、室内を見られちゃったりするのは、やっぱりイヤだったりするけど。
やっと分かったのだ。
ご主人さまが誰か、どこにいるのか、私が悩む必要などない。
こうして遠隔調教を受けているだけで、私のカラダは開発されていく。
それで充分だ。
このカラダが完璧な調教を施された時・・・あるいは、本当に私がセルフボンテージから抜け出せなくなり、助けを必要とした時。
ご主人さまは必ず現われて来るとそう思えるのだから。
犯人探しのように、疑いを抱く必要などない。

水谷君からのお誘いも、喜んで受けることにした。
旅行から戻ってきたら、彼がその「ちょっと良いお店」に連れて行ってくれるらしい。
素直に喜んでいる自分がいるし、それでいいって感じている。
分かってしまえば簡単なこと。
私は私のままでいればいいのだ。
いつご主人さまが現われたって、私は奴隷として尽くす用意ができているのだから。
ご主人様のために、いくらでもいやらしくなれると思う、私は・・・。

「ほらぁ、早紀、またにやけてるぅ」

「え、ええっ?失敬な」

「失敬な、じゃないよ。なんだ~、なに隠し事しちゃってんですか~。このこの~」

大学時代のような無邪気な笑いが車内に溢れていく。
そうして私は束の間のじゃれあいにすべてを忘れ、旅行に向かったのだった。