メタボハゲな義父の奴隷です

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信じてもらえないかもしれないけど・・・。

小さいときからよく家に来るおじさん(40代、多少メタボハゲ)がいた。
おもちゃやお菓子を買ってきて媚びてくるし、母親(20代後半、若くて綺麗なママが自慢だった)を変な目で見てたし、嫌いだった。

そんなおじさんと母親が小3のときに経済的理由から再婚。
引っ越しして自分の部屋を与えられて、義父と一緒にお風呂に入ることを日課にされた(ママと入れなくて大泣きした覚えがある)。
義父とのお風呂は苦痛で、体(特に股)をしつこいくらい入念に洗われることが嫌だった。
それに自分のことを「お父さんと言え」と耳タコができるほど言われてた覚えがある。

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そんな義父に馴染めないまま1年くらい経ったとき、学校から帰宅したら義父がTシャツとトランク姿で部屋に来た。
そのとき、母親は不在だった。

いきなり両肩を掴まれて、「お前はいつになったら俺のことお父さんと呼ぶんだー」と目の前で怒鳴られた。

私はびっくりして大泣きした。
すると、「うるさい」とまた怒鳴られて殴られた。
そして倒されて、酒とたばこ臭いキスをされた。
義父の舌が口の中と外を這いずるし、唾液を流し込んでくるので気持ち悪くて吐いたら、「吐くな飲み込め」とまた怒鳴られた。
私はまだ吐きそうなものを一生懸命飲み込んで耐えた。

服を脱がされて、今度は胸を入念に舐められて股も舐められた。
そしてちんかすがついたちんこを舐めさせられて貫通された。
さすがに我慢できずに吐いたら、「吐くなって言っただろ」とまた殴られた。
それから何時間やられてたかわからないけど、母親が帰ってくるまで何度も入れられた。

「このことは誰にも言うなよ。言ったらママにも同じことをするからな」

そう言われたから黙ってた。

その夜から1週間くらい経ってお風呂に入ると、「もう痛いのは嫌だろ?拡張してやるから声を出すなよ」と言われ、まんこに指を入れられ掻き回されて、ちんこを舐めさせられた。
じきにお風呂場で、ちんこも入れられるようになった。
母親がいない時間を狙って犯してきて、休日は私を外に連れ出して犯してくる日もある。
母親に、「お父さんと仲良くなってくれて嬉しい」と言われたこともあるが・・・辛かった。

そんな日々が続いて、もう限界ってなっちゃって、小6のとき本気で義父を階段から突き落とそうとしたことがある。
結果は子供の力では突き飛ばすことができなくて失敗。

「今、お前は何をしようとした?!」

義父に馬乗りにされて顔中に青痣ができて腫れるくらいボコボコにされた。
そして部屋まで引きずられて服を破かれて暴力的に犯された。
このまま死ぬかもって本気で思った。

(こんなに殴られると痛みもなくなるんだな)とか、(死ぬってこんなか・・・)とか、意外に冷静な自分もいてびっくりした。

そうしてるうちに母親が帰宅。
異変を感じたのかすぐに部屋に来てくれて、固まってた。
義父は言い訳をしだしたけど弁解の余地はないよね。
泣いて怒る母親に逆ギレして、今度は母親を犯しだした。
私は必死に止めたけど非力だった。
そのあと母親から、「ごめんね・・・ごめんね・・・」と謝られるのが辛かった。

義父は酒の量が増えて開き直るようになり、母親と私が一緒にいても、どちらかを犯すようになった。
力では敵わないので、母親が病院からもらってくるピルを危険期間に飲むようにして避妊対策をした。
成長とともに私の方に来る回数が増えてきて、それが高校卒業まで続いた。

進学はしなくて地方に就職。
母親の協力もあって家出同然に家を出た。
なのに・・・。
20歳目前で義父に見つかって家に連れ戻された。
久しぶりに会った母親は痩せこけて、体のあちこちに痣があった。
私は義父に掴みかかったが、前のように返り討ちにあった。
そして、母親がいないところで交渉を持ちかけられた。

母親と離婚して解放するかわりに、私に妻になれというものだった。

私は考えに考えて承諾した。
母親は離婚して家を出ていき、私は義父と結婚した。

母親には、「結婚前提で付き合ってる彼がいて地方に引っ越して結婚する予定だから心配しないで」と嘘をついた。

それから母親とは会ってない。
今は、かつて義父だった夫(定年近いメタボハゲ)の奴隷の日々だ。

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