父のDVから母を守っているうちに・前編

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母親との近親相姦はDVなどの家庭的に問題のあるケースが多いという話ですが、それは本当だと思います。
うちも父がDVでしたから。
今、思い起こしても、それがなければ至極まともな母子関係だったと思います。
というか、僕が家を離れた今は、あの頃のことがなかったかのように普通の母子ですから。
正直、ほんとに嘘のような他人事のような気分で、当時のことを思い出したりします。
別に思い出したからって下半身が熱くなったりしませんし、そういうことを思うことすら気持ち悪いという感じです。

うちの父のDVというのはちょっと特殊で、酒が入ったときにのみ発症するものでした。
しかし酒が入ったからといっても外で飲んで暴れたという話は聞いたことがないので、恐らくは家庭でのみ、しかも母にのみにぶつけられたものだったと思います。
とにかく父の母に向けられた暴力は僕が物心がついた頃の記憶にもあるくらいですから、おそらく母と一緒になった頃からそうだったのでしょう。
僕にとって母は命を繋いでくれる唯一の存在でしたから、幼少の頃でも恐怖を捨てて必死に父に立ち向かっていたそうです。
その頃の僕のことを、母は懐かしそうに今でも話してくれることがあります。
逆に殺されてしまうのではないかとヒヤヒヤしたそうですが・・・。

しかし、父は絶対に僕には暴力を振るいません。
もともと田舎の大地主の末っ子ということもあり、長男は一家の財産というような古い考えを持っているようでした。
ですから母が暴力を振るわれているとき、僕が母に覆いかぶさるように庇うと、父は僕ごと殴ったりするようなことは絶対にありませんでした。
ただ当然、幼少の僕は母より全然小さいですから、体ごと覆い尽くすことはできず、隙間から蹴ったりしてたのを今でもよく覚えています。
それが災いして、酔った父の蹴りが誤って僕の胸に当たり、気絶したことがあります。
その時はさすがの父も青い顔して救急車を自ら呼んだそうで、結果、僕の肋が3本が折れていたということでした。

幸か不幸か落胆憔悴した父は家で飲むのをやめ、外で飲むようになり、その頃から父と母は別々に寝るようになったと記憶しています。
しかし外で飲むといっても当然酔いが残っているうちは、たとえ母が寝てたとしても何かにつけ難癖をつけて暴力を振るおうとするので、僕は母の後ろから抱きつくような格好で眠るようになり、父は僕を骨折させたショックがよほど大きかったのか、それを見ると毒気を抜かれたようにすごすごと寝室から出ていったのを今でもよく覚えています。

僕が母の体に反応して勃起するようになったのは、小学4年になってからだったでしょうか。
記憶が判然としませんが、起こったことを逆算していくと、たぶんその頃だったと思います。
その頃はまだ学校で性教育など施されていたわけではないので、母の体に反応して勃起することを恥ずかしいとは思いませんでした。
ただ、たぶん母は僕が勃起していることを気づいていたとは思います。
僕も恥じらう気持ちもないので、勃起していることを意識することなく、すやすやと寝ていました。

それが小5に上がってから、次第に勃起するだけではなくペニスに快感を感じるようになり、その快感の誘惑に負けて、ゴシゴシと母のお尻にペニスを押し付けるようになったのです。
得も言われぬ今までに感じたことのない快感だったので、小5の僕には抗うことができず、母が「う~」とか言って体を揺すってもやめずに図々しく押し付け続けていたのを今でもよく覚えています。
母としては、必死に父から自分を守ろうとする僕と、性欲が芽生え始めた僕との狭間で、どう対処したらいいのか分からなかったのではないでしょうか。

小5のどの時点だったかは覚えていませんが、どこかの時期に性教育を施され、僕がしていることがどうやら性行為の真似事であるということを漠然と理解するようになりました。
知ったとき、恥じるというよりも興奮したというのが偽らざる当時の感想です。
小5ながらに『セックス』という言葉を意識するだけでうっとりした心持ちになるようになったのは、僕が母に対して変態チックな求愛をしていたからだと思います。

当時の僕の行為を母はどう感じていたのでしょうか?
隣で寝ている妹を起こしてはいけないということもあったのでしょうが、セックスを意識するようになってからの僕の求愛は激しさを増すばかりで、よく声を出して咎めなかったなと今でも思います。
なにしろ、図々しくも僕はパンツも下げてペニスを押し付けていたのですから。
傷つけてはいけないと思ったのか、それとも父から守るナイトとして貢献している僕ですから、この程度のことは容認してやろうと思ったのか。
とにかく、「あ!」とか「ん!」とか時折声を漏らすくらいで、母は決して僕を咎めようとはしなかったのです。

当然、僕の精通はその頃と重なります。
出すとき、精液が出るということを理解しながらも、初めて精液が尿道を通るときの快感に震え、母のパジャマのお尻の凹みに精液を注ぎ続けました。
異常に興奮して、「母さん、母さん・・・」と声を漏らしながらブルブル震え、初めての射精を終えたのを鮮明に覚えています。
なぜかと言うと、射精を終えた瞬間、自らの行為が異常に恥ずかしくなり、情けなくなり悲しくなって泣いてしまったからです。
僕の射精を知った母は三面鏡の前に置いてあるティッシュ箱を取りに行き、ごしごしと拭いてすぐに寝てしまいました。
拭いて戻って布団に入る時、さすがに怒られると思って余計に激しく嗚咽を漏らすと、母はよしよしと僕の頭を撫でてくれました。
そして何事もなかったように寝てしまいました。

僕は、二度とやるまいと思い、母にしがみついて寝るのをやめようとしたのですが、父のDVが止んだわけではなく、不定期的に寝室に来る父の為にやむなく同じように母をガードしながら眠ると・・・あれほど硬く誓ったにも関わらず、僕の中に眠る性欲の悪魔が頭をもたげ、下半身は吸い寄せられるように母の尻の割れ目に吸い寄せられていきました。
どうにも抗うことができず、母のパジャマの上に射精する毎日が続きました。

しかし、そんな異常を隣で眠る妹が気づかぬわけもありません。
僕がいつものように母の後ろで腰を振っているとき、急に言ってきたのです。

「兄ちゃん、お母さんに何してんの?」

心臓が止まりそうでした。
僕は氷のように冷たく固まり、身じろぎすることすら出来ません。

「お馬さんごっこしてたのよ、ね?」

厳しい言い訳をする母の言葉は今でも耳に残っていて、時おり夢にも出てくるくらいです。

「いいなー、私もやるぅ」

妹を手招きして僕との間に入れようとする母。
僕は慌ててパジャマのズボンを上げて、偽りのお馬さんごっこを妹が満足するまで興じたのでした。
妹の無邪気さには救われたものの、自分のしていたことの罪悪感が払拭できるわけもなく、ただただ自己嫌悪に陥る僕でした。

翌日の朝食でのことです。
ふいに母は、父に話を切り出しました。

「そろそろ、この子たちの部屋がいると思うんですけど」

「なんだ?今のままじゃダメなのか?」

「ダメということはないですけど、これからほら、この子も勉強するのに1人の方がいいと思って」

この話を切り出されたときの心境を恥を忍んで申し上げれば、そのまま彼女に振られたような感じで、ああ、とうとう愛想尽かされたんだなという気持ちになり、内心すごくブルーになった。

その後の話は父の「よし」の二つ返事で完結でした。
なにしろ父は僕のためとなると出費も労力もいとわない人でしたから。
あまつさえ僕の成績はすこぶる優秀な部類に属していましたので、母がそれを見越して『勉強』の二文字を持ち出したのは言うまでもありません。

かくして父は書斎に使っていた数部屋を整理して、要らぬ物は本家の物置に運び出し、1日を待たずして僕と妹の個室があてがわれることになったのです。
狂喜する妹、落胆する僕。
この時の2人を客観的に見たらさぞかし対照的に映ったことでしょう。

その日の授業は憂鬱で、性欲を持て余す自分に対する嫌悪でいっぱいでした。
必死に守り続けてきた母にすら見放される僕。
なぜ止めることができないのか。
時間を巻き戻せたら、もう1回やり直せたらもう絶対にしないのにという気持ちでいっぱいでした。
どうやら気づかぬうちに頭を抱えてウンウン唸っていたらしく、隣の女の子に「どうしたの?」と聞かれたときには焦ったのを覚えています。

家に帰ると、とりあえず新しい自分の部屋に荷物を運び込むことから始めます。
言い忘れていましたが、我が家は田舎ということもありますが、本家から広大な土地を譲り受け、両親の結婚祝いに巨大な屋敷を建ててもらっていたので、部屋数は4人で住むには異常に多く、それがかえって子供の頃は怖くて不気味に感じていました。

食事を終え、家族の中で僕がいつも最後に風呂に入るのですが、あがってきた時のことです。

「お母さん、何それ~」

キャハハと笑う声が居間の方から聞こえてきました。

「なんだ腹でも壊したか?」という父の声。

珍しく父も笑っているようです。
何事かと思い居間のドアを開けてみると、母がパジャマの上から縫い合わせたタオル地のパンツのようなものを穿いているのです。
それは腹まで届くようなもので、確かに不格好で、吹き出すのも無理はないというものでした。

母「そうなのよ、最近なんか冷えるみたいでね」

タオル地のパンツをお腹まで引っ張りあげます。

妹「お母さん、それ自分で作ったの?変なの」

母「要らないタオルがいっぱい余ってたから5枚くらい作っちゃった、変?」

と、母は照れ笑い。

父「おいおい、そんなんで外に出るなよ」

母「出ませんよ、まさか」

このやりとりの中、このパンツの意味するところを考える僕。

もしかして、僕を受け入れてくれる為に作ってくれたのではないか?
もしかして、その為にわざと妹と部屋を別にしたのではないか?

その不格好さに笑う2人をよそに、心臓の鼓動を早め心ときめかせる僕でした。
母は居間に入ってきた僕を確認すると、ちょっと頷くようにコクリと頭を下げました。

『そうよ。あなたの考えてる通りよ』

そう言われてるような気持ちでした。
僕の下半身は急に劣情を催し、一気に真上に直立します。
パジャマ代わりに穿いているジャージの前が急に窮屈になり、慌てて部屋を後にする僕でした。

初めてあてがわれた自室で、これから起きることを考えていました。
母は自分を拒んではいなかった。
2人きりで寝られる機会を設けてくれた。
その意味するところと、何者からも邪魔されず夜に営まれるであろう行為を思うと、それだけで射精してしまうほどの興奮を覚えたことを思い出します。

気もそぞろになりながらも、なんとか今日の宿題を済ませ、いったい今は何時頃だろうと時計を確認すると、まだまだせいぜい8時30分とかそんな感じで、当然まだ父も寝ているわけもなく、早く時間よ過ぎろと願うばかりでした。
とにかく友達借りた漫画や本やらで時間をやりすごそうとするのですが、時計を確認してもせいぜい5分か10分しか経っておらず、気ばかり急いた記憶があります。
父の書斎と妹の部屋、トイレに行くふりをしてドアの向こうの電気が点いてないか確認する僕。
あの頃の僕はまるで盛りのついた犬か猫のような発情ぶりだったと、今となっては恥じ入るばかりです。

父の書斎の明かりがドアの隙間から漏れなくなったのは、もう11時近くになっていたでしょうか。
もう母が寝てしまうのではないかと気が気ではなかった記憶がありますので、たぶんその頃だったと思います。

(あ、電気が消えてる)

そう思った瞬間、ドキドキドキと心臓が高鳴るばかりで、情けない話が立ちくらみを起こしてへたり込んでしまいそうでした。
そのまま母の寝室に行けばいいものを。
どうにも体勢を立て直せず、一旦自室に帰って落ち着く僕でした。
深呼吸して若干落ち着きを取り戻すと、そろりそろりと廊下で足音を立てないように忍び足で母の部屋へ向かいました。
床板がミシミシと軋んで、そのたびに父か妹が目を覚ますのではないかと気が気ではありません。

それでもなんとか母の寝室に辿り着く僕。
脂汗をじっとりとかいた手をドアノブにかけます。
ギ・・・、という音とともに視界に入る母の寝室。
オレンジの補助照明が点いていて、布団で横になっている母の姿が確認できます。
起きているならドアの開く音が耳に入っているはず。
しかし母は体を動かす気配はありません。
そろりそろりと母の枕元まで近づいても動く気配なし。

(寝ちゃったのかな?)

半ば落胆もしましたが、なぜだか不思議と安堵感を覚えた記憶があります。
やはりこの行為が異常であるという認識が性欲に溺れかける中でも理性としてあったのかもしれません。

寝ていると確認して初めて少し落ち着きを取り戻し、ゆっくりと母の布団を上げ横で添い寝をしてみました。
横向きで眠る母に自らの体を密着させていく僕。
ゆっくりとパジャマのズボンを下ろし、母の作ったタオル地のパンツの上にペニスを宛てがいました。
すると寝ているはずの母がくるりとこちらを振り返りました。

「今は母さんが相手をしてあげるけど、いつまでも甘えてちゃ駄目よ」

そう言って笑いながら僕の頭を撫でました。

「か、母さん・・・」

僕は母の体にのしかかり、正常位の形でタオル地のパンツにペニスを擦り付けていったのです。
母の体にしがみつき、何度も何度もペニスを擦り付ける僕。
母も僕を射精に誘おうと献身的に腰を動かしてくれました。
あまりの興奮状態で射精に至るまで1分ももたず、いきなりビュウビュウとそのタオル地のパンツの上に白濁色の液体を吐き出していきました。
快感から解放されると再び沸き上がる後悔と自責の念。
またやってしまったと思うと悲しくなり、嗚咽を漏らして泣きました。

「ごめんね、母さんが父さんに虐められてばかりいるから変な気持ちになっちゃったのよね?」

母はそう言うと、射精してぐったりする僕を抱き寄せ、背中を擦って慰めるのでした。

そこまで来ると一気に最後まで行き着くのは時間の問題と思われるかもしれませんが、実際のところ、そうなったのは随分と後のことです。
それというのも、僕自身はその行為だけで十分満足でしたし、いくらなんでもそれは絶対にしてはいけない領域であると自覚していたのも確かです。
とにかく小学校を卒業して中2になるまでの長い間、その艶めかしい行為だけで満足していました。

中学に入学するとバスケ部に所属していたこともあるのかもしれませんが、ぐんぐん身長が伸びはじめ、夏頃にはすでに180センチ近くになっていたと記憶しています。
その頃になると、まるで本当の恋人同士の夜の営みのように組んず解れつの肉弾戦となり、僕の求めに比例して母も求めてくるようになりました。

一番多かったのが、対面座位の形で互いの下半身を擦りつけ合うというものでした。
お互いに顔を見つめ合いながら腰をグラインドすると互いに気持ちが盛り上がって、うっとりするほど気持ちいいのです。
変態と言われるかもしれませんが、事実そうでした。
母を四つん這いにさせて、後ろから突く真似事のようなこともしたりしました。
母は必死に声を漏らさないように手を口にあてがって耐えているようでしたが、それでも時折、「ん!ん!ん!ぐ!」というような声を漏らし、稀に感極まって「ああ!」と思わず声を出すことがありました。
父や妹に気づかれてはいけないと思いながらも、母が大きな声を出してしまった時は、無性に勇ましい気持ちになったのを思い出します。

<続く>

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