30人のお母さんに食われたのは遠い昔の思い出

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俺の父方の曾ばあちゃんがドイツ人なんだが、正確にはドイツ人とデンマーク人のハーフ。
よって俺にはドイツ人とデンマーク人の血が1/16ずつ入っている。
さらに母方のばあちゃんは日本人なんだが沖縄出身者なんだよね。
そんなだから子供の頃から、「琉球民族とゲルマン民族とヴァイキングの血が入ってるんだから・・・」と親からよく言われてた。

じいちゃんは物心つく前に亡くなってるから記憶は無いんだけど、ハーフだけあって外国人を顔していた。
でも父親はクォーターなんだけどほとんど日本人顔。
兄貴も沖縄チックな顔でヨーロッパ系の面影はほとんど無い。

だが俺は思いっきりヨーロッパ系となり、子供の頃から髪は栗色で目も少し青い。
さらに沖縄の血も奇跡のバランスで出てきて、自分で言うのも気が引けるが、それはもう本当に可愛い少年だった。
兄貴とは同じ配合なのでパーツはかなり似ているにも関わらず、トータルすると小島よしおとウェンツくらいの違いがあった。

ちなみに俺は子供の頃からすごいモテていた。
幼稚園の頃は女の子からおもちゃやお菓子を貰いまくっていたし、どんな状況だったかは忘れたが、女の子に「◯◯ちゃん嫌い」と言ったら泣かれてしまった。
先生から、「あなたは女殺しなんだからむやみに嫌いって言っちゃダメ」と言われたのが印象に残ってる。
意味とかは判らなかったが、(俺って女殺しなんだぁ)と納得していた。

小学校に入るとさらにモテ方がすごいことになっていった。
この頃のあだ名は、『ダニエル君』とか『ダニー』。
担任の先生に、「映画の『小さな恋のメロディ』に出てくる主人公のダニエルに似て可愛いから」と言われたのがきっかけだった。

とにかく休み時間や下校時間には女の子が集まってきたし、『女殺し』のトラウマがあったから、女の子に冷たい態度を取っちゃいけないという強迫観念みたいなものもあったので、誰に対してもやさしい態度をとっていたと思う。
あくまでも小学生の頭でだが、とにかくニコニコしていれば女の子は何でもしてくれるし、何でもプレゼントしてくれる。
女性とはそんな存在なんだと思っていた。

小2のバレンタインデーだったが、1人を除いてクラス全員からチョコを貰った。
俺は責めるつもりはなかったんだが、くれなかった子に「◯◯さんはチョコくれないのぉ~」と言ったらオロオロした挙句、なんと失禁してしまった。
実はこの子も俺にチョコを渡そうと思ってたらしいのだが、恥ずかしくて渡しそびれたところで俺に言われてしまい、ショックと興奮で失禁して泣いてしまったとのこと。
改めて『女殺し』な自分について考えさせられた事件だった。

小3のバレンタインデーは学年の女の子からはコンプリートし、さらに上級生や下級生、先生や同級生のお母さんからも大量に貰い、下校の時は用務員室でリヤカーを借りたほどだった。
この年から毎年リヤカーを借りてチョコを持って帰るのと、一番広い家の友達の家に行ってチョコレートパーティをするのが年中行事となった。

これでホワイトデーとなると、さすがに全員にちゃんとしたお返しはできないから、リュックに大量のチュッパチャプスを詰め込んで、配って回るんじゃなくてチョコをくれた女の子に取りに来させていた。
それでもみんな大喜び。
ただ先生にはさすがに配ったし、友達のお母さんにも下校時に家まで持って行った。

で、この時に事件が起こった。
ある友達のお母さんに返しに行った時、「ジュースでも飲んでいきなさい」と言われて素直にご馳走になった。
その帰り際、「可愛い」と言われてキスをされた。
俺はファーストキスって記憶にないんだが(幼稚園の頃からよくキスされてたんで)、でも舌を絡めるキスっていうのはこの時が初めてだったし、なんか気持ち悪いというのが正直な感想だった。

でも、そのお母さんは勝手に興奮して俺の股間も弄り始めた。
小3とはいえ、チンコ弄られると反応するよな。
でも『女殺し』の呪縛があったから、この頃の俺って、女性に対して「イヤ」って言えなかったんだと思う。

だんだんと初めての快感に支配されてきた俺のズボンをお母さんは下ろすと、いきなりフェラを始めた。
とにかく脳天が痺れるような快感だったのは覚えている。
時間の感覚は全くない。
ほんの何秒だったかもしれないが、気づいたら腰が砕けたようにソファーに倒れていた。

「ふふふ・・・イッちゃった?気持ち良かった?またしてあげるからいつでも来なさい」

俺は、そう言う友達のお母さんを朦朧と見ているだけだった。
実際、射精したかどうかもよくわからない。
初めて自分の精子を認識したのは小5の時だった。
それまでは、精子は出てなかったのかもしれないが、とりあえずイクことは出来た。

同級生の女の子はエッチな対象としてではなく、宿題をやってくれたりお菓子をくれたりする存在。
友達のお母さんは、俺を気持ち良くしてくれる存在として認識していたと思う。
卒業までに30人くらいのお母さんを喰った、というか喰われた。
とにかくみんな優しかったし、ほとんどが「小学生なのにお父さんより大きいし硬い!」と言って喜んでくれた。

とにかくモテまくっていたわけだが、中学に入った頃から少し変化が訪れた。
髭もそうだが、全体的に体毛が濃くなってきた。
さらにニキビや吹き出物が多くなり、だんだんと俺の“可愛らしさ”が減っていくのが自分でも感じられた。

この頃の写真を見るとよくわかるのだが、中1から中2にかけて、どんどん劣化していくのが見て取れる。
それと比例するように俺の周りから女の子の姿が減っていった。
高校生になる頃にはブサメンの仲間入りするくらいの劣化状態だった。
ブサメン仲間は当然のように童貞だったが、この頃の俺はすでに100人くらいの経験があった。
なので非常に羨ましがられたが、俺としてはまったく優越感など感じられなかった。

ブサメンはずーっとブサメンだったんだから落差はないんだよ。
反して、イケメンがブサメンに落ちるとギャップが辛いんだよ。

高校卒業間近にクラスの女の子に後ろから声を掛けた時、振り返るなり「ギャー!」と声を出して卒倒したんだ・・・。
ああ、ブサメンになっても女殺しは健在なんだと実感したよ。

高校卒業から約20年、プロ以外の女性との性交渉は皆無。
今の会社でも、日本語の上手い(日本語しか喋れない)ブサイクな外国人キャラとして気持ち悪がられている。

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