コスプレ好きなオタクな妹・第7話[完]

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引越しの日、ほとんどの荷物はあらかじめ郵送してしまったので、俺はほとんど身一つで家を出て行くことになった。
母は朝から俺に持たせる弁当を作ってくれ、父は思いのほかやることがないらしく、不用意にウロウロしては妹に鬱陶しがられていた。

前日、妹は俺の部屋に最後の『お泊まり』に来た。
俺の布団もベッドも既に送ってしまったので、俺は滅多に使わない親戚用の布団を床に敷いていた。

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「お兄ちゃん、Y香ね、将来は洋服関係の仕事か、学校の先生になりたいの」

「洋服って、コスプレじゃなくて普通の服のか?」

「うん、コスプレ関係の仕事はしたいけど、そんなに会社があるわけじゃないし。でも、洋服関係の仕事して、普通の服くらいの衣装とか作れたらいいなって思ってるけど」

「学校の先生ってのは、何か教えたい教科とかあるのか?」

「教科っていうか、自分たちくらいの歳ごろってさ、色々悩み事とかあるじゃん?そういうのの相談に乗ってあげられたらなぁって思ってさ」

「ふぅん、いいやつなんだな、お前」

「えへへへへへ。お兄ちゃんは?何か将来の夢とかあるの?」

「俺は・・・何でもいいから、ちゃんと就職して、それで一人で生きていけるようになりたい。少なくとも自分の責任は自分で取れるようになりたいかな」

「そういうんじゃなくて、もっと夢のある話がいいのぉ」

「夢のある話か・・・だったら、俺はレストランかな」

「ふふ、お兄ちゃんお料理好きだもんね」

「好きって言うか、趣味だけどな。でも、自分で料理作って、お客さんが食べて、美味しいって言ってくれて、それでお金貰えたら凄いよな」

「いいなぁ、Y香も食べに行くね、そのお店」

「何言ってんだよ、お前も手伝うんだよ。お店の会計とかさ、ウェイトレスとかさ、やってくれよ」

「お兄ちゃん・・・」

「夢だよ、夢の話だよ」

「そうだよね、夢の話だよね。そしたらさ、Y香、パン焼きたいな。お店のパン、全部Y香が焼きたい」

妹の声は震えていた。

「いいな、それ。本格的じゃん」

「いいよね、それでさ、お父さんとお母さんが来てくれてさ、いっぱい食べさせてあげるの」

「じゃあF実さんにも食べさせてあげなきゃな」

「そうだね・・・みんな、楽しそうでさ、喜んでくれてさ・・・」

妹は何度も鼻水を啜り、切れ切れにそれだけを言うと、堪らずに俺の胸に顔を伏せた。
俺も涙をボロボロ流していた。
泣きながら、俺たち兄妹は長い長いキスをした。
俺たちは一晩中、あり得るはずのない、未来の話を続けた。

アパートに荷物の着く時間に合わせる為に、俺は昼飯を食べて家を出ることになっていた。
母が作ってくれた弁当の残りは俺の好きなものばかりで、俺は腹がいっぱいになるまで腹に料理を詰め込んだ。
やがて出発の時間が近づいていた。
昼食を済ませると、妹はまだ「まだiPodに曲入れ終わってなかったんだった」とそそくさと部屋に行ってしまったっきり、こちらに下りてこようとしない。
父が何度階下から呼びかけても、返事も帰ってこなかった。

「もう、お兄ちゃんっ子なんだから」

母は半ば諦めたようにため息をついた。

「まぁ、Y香とは結構話したから」

「そう?でも見送りにも来ないなんて・・・」

「泣き顔見られたくないんだよ、別にいいさ」

「いざとなったら俺が車で送ってやるから、お前は駅までゆっくり歩いていけ、別に電車なんか一、二本遅れても構わんだろ」

ようやく自分の出番を見つけたとばかりに、父が妙案を出す。

「そうするよ。じゃあね」

そう言って、身の回りの物を詰めたバッグを肩にかけた時、俺はわざとらしく、「あ、携帯の充電ケーブル部屋に置いてきた」と慌てて階段を上り、二階に上がった。

「じゃあな、Y香。俺もう行くから」

それだけをドア越しの妹に言い残し、一階に下りた。

「アンタも優しいのね」

「心配なのは俺も一緒さ、二人とも、Y香のこと頼んだよ」

「アンタも、一人が辛かったら、いつでも帰ってきていいのよ」

母も目を潤ませていた。

「別に家が嫌になって出て行くわけじゃないからなぁ、金がなくなったら飯食いに来たりはするよ?」

俺はちょっと笑いながら、努めて明るくそう言った。

「じゃあね」

俺は靴を履き、玄関のドアを開けた。
家を出る時、階段の向こうから、ドアノブがカチャリと回る音が聞こえたような気がした。
俺が一歩外に出ると、父が追いかけてきた。

「Y希、お前の人生だ。お前のやりたいようにやってみろ。一人になってやりたいことができたら、大学だって辞めたっていい」

俺は父の思わぬ言葉にふと目頭が熱くなった。

高校の頃から俺が続けているバイトは、父の紹介によるものだった。
特にスポーツ系の部活に打ちこむわけでもなく、自分の実力以上の高校にチャレンジするわけでもなく・・・。
文字通り可もなく不可もない小僧だった俺に、「社会を見て来い」と紹介してくれた仕事は、自分の勤める会社と付き合いのある少し特殊な機械の操作をする業者の仕事だった。
もう五年近く続けているそのバイトは、俺の性に合っているらしく、「大学を卒業したらそのままウチの社員にならないか?」とまで言ってくれていた。
ほんの数時間前まで、俺はそのままその話を受けるつもりでいた。

「父さん、一つだけ、お願いがあります。大学は辞めない。学費だっていつかちゃんと返すつもりだ。だから・・・」

「・・・解った。それは俺が話しておく。ただ、中途半端な覚悟では勤まらない世界だぞ?」

「解ってる。ありがとう、父さん」

頭を下げようとする俺に、父は・・・。

「お前は少し自分に素直になれ。たまには妹みたいにわがまま言ってもいいんだぞ?」

「滅多に言わないから、その分こうやって大事なところで言わせてもらうんだよ」

そう言って、俺と父は笑って別れた。

駅までの十分ほどの、子供の頃から何往復したか知れないこの道を歩きながら、俺は少し感傷的な気分になっていた。
なぜか一人で歩いた記憶よりも妹が常にどちらかの腕に引っ付いていた時のことばかり思い出す。
住宅街を抜け、大通りに面した畑の曲がり角で、初めて妹と兄妹ではない手の繋ぎ方をした。
あの時は、お互いに夢中で、多少の罪悪感はあったものの、ここまで切実な気持ちになるなんて、思ってもいなかった。
商店街をぶらぶらと歩き、妹の好きなパン屋に寄り、まだ腹はいっぱいのはずなのに、なぜかチョコデニッシュとクリームパンを買った。
本屋に寄り、少し雑誌を立ち読みし、コンビニで飲み物を買うと、もう寄り道する店はなくなってしまった。
俺は定期にチャージをし、ふと電光掲示板を見上げると、次の電車は特急で乗り換える予定の駅には止まらず、その次の電車が来るまであと15分くらいはある。
吹きっさらしのホームで待つのは嫌なので、駅の手前のコンビニに入り、普段は読まない雑誌などを手に取ると、コンビニのガラス戸の向こうに、駅に駆け込む人影が見えた。

特急は区間の中の数駅を飛ばすので、遠出をするのには便利だが本数が少なく、どうしても特急に乗りたい人もいるので、駆け込み乗車はさほど珍しい話ではない。
しかしその人影は、駅の入り口で誰かにぶつかったか何かに躓いたかで、盛大にすっ転んでしまった。

(あーぁ、どうしようもねぇな)

ふと雑誌から目線を上げた俺は、雑誌を放るように棚に戻すと、バッグとパン屋の袋を掴んでコンビニを飛び出した。
すっ転んだ人影は、妹だった。

「Y香!」

コンビニを飛び出した俺が思わず叫ぶと、妹は顔をくしゃくしゃにして泣きながら俺に抱きついてきた。
地元の駅だとか、誰が見てるとか、そんなことは関係なかった。

妹は「お兄ちゃん、おにいちゃん」と、それだけを繰り返し、俺の胸でわんわんと声を上げて泣いた。
よく見ると、妹は部屋着の上にダウンジャケットを羽織っただけの姿で、靴に至ってはサンダルだった。

「馬鹿だな、最初っからちゃんと見送りに来てくれれば、コケなくて済んだのに」

「だって、だって・・・」

俺はぐすぐすと泣きじゃくり続ける妹の顔をハンカチで拭ってやると、バッグから小さな紙袋を出して、妹に手渡した。
それは最後のデートの日、妹と駅で落ち合う前に駅前のCD屋で買った古いCDシングルだった。
イタリアンレストランでの父の話を聞いて、俺も妹に何か歌を送ろうと思ったのだ。
それは、まだお互いに気持ちの残る恋人同士の切ない別れの歌だった。
俺も妹も特にそのミュージシャンのファンというわけではないのだが、この曲はそのミュージシャンの代名詞とも言える有名な曲で・・・。
大学近くの本屋の有線放送でこの曲を聴いた時に、なぜか妹の顔が思い浮かび、訳も分からず赤面してしまったことがあり、それ以来強烈に俺の印象に残っている一曲だった。
俺なりに、妹への想いと、別れを形にしておきたかったのだ。

「ほら、これやるよ」

「お兄ちゃん・・・?」

「餞別ってわけじゃないけどさ、なんつーか、プレゼントだよ」

妹は再び溢れた大粒の涙を俺のハンカチで拭いながら、ダウンジャケットのポケットから、あのiPodを出して、俺の首にストラップをかけてくれた。
そのストラップには忘れもしない、俺と妹が初めてキスをした時に妹がその衣装を着ていた、あのキャラクターの小さなフィギュアが付いていた。

「お兄ちゃん、電車に乗ったらこのスイッチを押して。どうしても聞いて欲しい歌があって、その歌がかかるようにしてあるから」

どうやら兄妹で同じようなことを考えていたらしい。
俺が思わず笑ってしまうと、妹がきょとんとした顔をしているので、「開ける前に教えるのも何だけど、それ、CDなんだよ」と言うと・・・。

「えへへへへへ、やっぱりY香とお兄ちゃんは心が通じ合ってるんだね、えへへへへへ」

と、やっと笑ってくれた。
その時、プップッと短い車のクラクションが聞こえた。
顔を上げると、父の車が見える。
気付いた俺が小さく頷くと、父が車を降りようとして、助手席の母に止められているのが見えた。

「ほら、お前がそんな恰好で飛び出すから、父さんと母さん来ちゃったぞ」

「じゃあ、ここまでだね」

「そうだな・・・」

俺は妹の手を引き、車まで送ってやり、短い挨拶をして別れた。
電車が来るまで、あと二分ほどだった。

俺はホームに上がり、iPodのイヤホンを耳に入れた。
妹がどんな曲を入れたのか、一秒でも早く聞きたかった。
電車が来て、椅子に座るや否や、すぐに再生のスイッチを入れた。
切ないピアノの旋律に、ストリングスが被った瞬間に、俺の涙腺は崩壊した。
それは、まだお互いに気持ちの残る恋人同士の切ない別れの歌だった。
同じ曲だった。
俺が妹に手渡した、あの曲だった。

――――――――――――
君が大人になってくその季節が
悲しい歌で溢れないように
最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた
――――――――――――

「やっぱりY香とお兄ちゃんは心が通じ合ってるんだね」

最後の妹の言葉が蘇り、俺は顔を覆い、歯を食いしばり、声を殺して泣き続けた。

一人暮らしを始めて数ヶ月、当たり前だが俺の生活は劇的に変化した。
身の回りのことを全て一人でやらねばならないというのはなかなか骨の折れることであり、今までいかに親(特に母)に甘えて生きてきたかを思い知らされた。
数ある変化の中でも特に苦労しているのはなんと言ってもバイトのことだった。
俺は高校の頃からお世話になっていた、父の紹介のとある機材の技術職のバイトを辞め、現在はあるレストランで料理人見習いの修行をさせてもらう為に、お店の雑用係としてバイトさせてもらっている。
本当は修行のお店も自分で見つけなければいけないと思うのだが、「これくらいはさせてくれ」という父の申し出で、家族で行ったあのイタリアンレストランにお世話になっている。
あの時、家を出てすぐに父に頼み込んだのは、今までのバイトを辞めさせてもらうことだけだったのだが、「辞めてどうする?」と父に問われ、正直に自分の希望を話したことから話はどんどん進み、現在の形に落ち着いたのだ。

おかげで俺は大学の講義が終わるとすぐにお店に直行し、お店の掃除から仕込みの手伝いや皿洗いなど、ありとあらゆる雑務をこなし、帰りは終電ギリギリという毎日を送っている。
この環境の変わり様はたしかに体力的にも厳しいが、一人暮らしの、いや、はっきり言ってしまえば妹と離れて暮らす寂しさを紛らわせてくれるという意味では、寧ろありがたかった。

そんな生活に少し慣れてきた頃、母からメールがあった。
我が家には毎年南国に住む親戚から果物が届くのだが、それを取りに来い、とのことだった。
とはいえ、基本的にお店の休みなど週に一日しかなく、その休みも一週間分の掃除やら洗濯やら大学の課題やらでほとんど潰れてしまう。
とてもではないが、呑気に家に帰って果物などつついている場合ではなく、「悪いけど三人で食べちゃってよ」と返したところ、「Y香のことで相談があるから、一度帰ってきて欲しい」という返事が来てしまった。
こうなると否が応でも帰らざるを得ない。
運良く講義が休講になった空き時間を利用して、妹のいない平日の午前中に実家に行くことにした。

3ヶ月ぶりの地元の駅はあの日以来まったく変わりはなく、まるであの日の別れが嘘だったかのように、何も変わらない風景で俺を出迎えてくれた。
俺はふと、妹が好きなパン屋に寄り、妹が好きなチーズのパンなどを買い込んで家に向かった。
チャイムを鳴らし、ドアを開けると、本当に、何一つ変わらない我が家の匂いがした。
台所からはカレーの匂いがする。
俺が来るからと、わざわざ朝から作ってくれたらしく、朝食を食べていなかった俺はありがたく頂くことにした。
カレーを食いながら、軽く近況の報告をすると、母が本題を切り出した。

最近、妹の様子が少しおかしいというのだ。

俺が家を出て行ってからあまり笑わなくなり、「勉強するから」と部屋にこもることが多くなったという。
時には深夜まで勉強していることもあるらしく、そのぶん成績はまた少し上がったのだが、寝坊や遅刻、更には授業中の居眠りなどが増え、ついに学校から電話がかかって来てしまったというのだ。

「アンタが家を出て行ったのがよっぽどショックなのね、なんか必死に寂しさを誤魔化してるみたいで、ちょっと痛々しいわ」

ため息交じりに言う母に、思わず本当のことを話してしまいたい衝動に駆られたが、そんなことは言えるわけもなく、俺は「コスプレの方はどうしてんだろうね?そっちも休んじゃってるのかな?」と話を逸らした。

「そっちの方は今まで通りにやってるみたいよ。この前もなんだかF実に写真撮ってもらうとか言ってたし」

「ふーん」

「アンタも忙しいからってこんな時間に帰ってこないで、Y香がいる時間に帰って来てくれればいいのに・・・。しかもY香には内緒にだなんて、ちょっと冷たいんじゃない?」

「母さんがY香のことで話があるっていうから、本人のいない時間にしたんだよ。それに、あいつだっていつまでもお兄ちゃんっ子ってわけにもいかないだろ」

「それはそうだけど・・・」

「俺も夕方には店に入るから、一休みしたら帰らなきゃいけないんだ」

「あら、夕飯食べていかないの?」

「さすがに無理だよ、それは」

そんな会話をして、俺はお店の人たちに渡すぶんも果物を分けてもらい、早々に実家を後にした。

なんとなく予想はしていたが、やはり妹にはショックが大きかったようだ。
俺たちの関係を断ち切るにはこれくらいの荒療治が必要だと判断してのことではあったが、実際にそこまで妹がダメージを受けていると聞いてしまうと、覚悟はしていたが、それでも心が痛んだ。

まったく、どこまで自分に都合が良く、未練たらしいのだ、俺は。

自己嫌悪を踏みつけるように、俯きながら駅への道を歩き、次の電車の時刻まで、駅前のファーストフード店でコーヒーを飲んでいると、ガラス越しに駅から出てくる見慣れた制服姿の女子高生が見えた。
妹だった。
セミロング気味にまで伸ばしていた髪をショートカットに戻したその姿は、遠目で見てもはっきりとわかるほどに痩せていた。
高校に入り、少し背は伸びたものの、その成長期間は思うより短く、しかも痩せてしまった今ではかえって小柄に見える。
イヤホンを耳に入れ、つまらなさそうにとぼとぼと歩く姿は、どこ投げやりな雰囲気すら漂わせ、痩せたというよりも、憔悴していると言った方が相応しい有様だった。
俺は壁際の席に移動し、身を隠した。

せっかく今まで3ヶ月ほど耐えて来たのだ、ここで妹と顔を合わせては、全てが無駄になってしまう。
そう思って、必死に妹を追いかけたい衝動を堪えていた。
電車に乗り、店に直接向かう途中で、再び母からメールがあった。

「アンタが置いていったパンでバレちゃったわよ、もうY香大泣き。なんとかしなさい」

あんなに痩せた妹が、更に大泣きしている姿など想像するだけで胸が痛くなる。
俺は居ても立ってもいられず、すぐに妹にメールを打った。

「悪かったよ、俺も忙しくて、今日の午前中しか帰る暇がなかったんだ」

送信すると、すぐに俺のスマホが震え、妹からの返信が届いた。

「別にいいよ。お兄ちゃんには、Y香よりも自分の夢のことを優先して欲しいから」

この期に及んで、強がる妹がいじらしかった。

「寂しかったら、メールくらいしていいんだぞ。俺たちは、兄妹なんだからさ」

迷いに迷った末の文面だった。
今度は少し間を空けて返信が帰ってきた。

「うーん、でも今ちょっとお肌が荒れてるから、また今度ね」

この時、俺はこのメールの意味がまだわかっていなかった。

その日は「じゃあこれからバイトだから」と返し、連絡は途絶えた。
その日のバイト終えた俺は、すぐにスマホのメールを確認したが、妹からの返信はなく、少しがっかりしている自分に気が付いた。

暫くして、お店の定休日の夜に、そのメールは来た。

件名『大好きなお兄ちゃんへ』
本文『どう?カッコいいでしょ?』

短い文章だったが、メールには現在放映中の変身少女アニメのコスプレをした妹の写真が添付してあった。
俺はずっと日曜朝の特撮ヒーローもののファンなのだが、さすがにこの生活に入ってからは時間通りに起きられなくなり、録画での視聴に切り替えていた。
そのついでというか、これもはっきり言ってしまえば妹への未練なのだが、妹の大好きな変身少女アニメもついでに録画し、なんとなく観ていた。
今年に入ってからのシリーズには、一人変身前の髪型や、つり目な感じがどことなく妹に似ているキャラがいる。
俺は漠然と、「次に妹がコスプレするのはこれだろうな」などと思っていたのだが、実際に写真で見ると本当によく似合っており、兄バカながら妹がコスプレする為にデザインされたキャラクターのようだと思った。
アニメのキャラより少し頭身は高いが、更に痩せて華奢になった妹にその衣裳はとてもよく似合っていた。
衣裳の縫製の腕も上がり、今までで最高に可愛く仕上がっていた。

俺は思わず「凄いな、今までで一番可愛いよ」などと、歯の浮くような言葉を返してしまっていた。

その後、俺のスマホは何度も震え、俺の返信を待たずに矢継ぎ早に妹のコスプレ自撮り写真が送られてきた。
ベッドの上や部屋のあちこちで得意げにポーズを決める妹の姿は活き活きと輝き、観ているこっちまで嬉しくなってくるような写真だった。
その後、少しメールで他愛もないやり取りをして、やがて妹の方から、「もっとメールしてたいけど、宿題あるからごめんね。またメールしていい?」というメールが来たので・・・。

「大体この曜日のこの時間は暇だから、また来週な」

「じゃあお泊まりの代わりだね!嬉しい!」

そんなやり取りをして、久しぶりの妹との対話は終わった。

俺は「これで少しは気も晴れただろう」などと呑気なことを考えていると、再びスマホが震え、『プレゼント』という件名の写真付きメールが届いた。

開くと「久しぶりのオカズで~す!毎日使ってね(ハートの絵文字がいっぱい)」という文面と共に、コスプレ衣裳のまま胸を曝け出したキス顔の妹の写真が添付されていた。

この時、俺の耳にはこの4ヶ月ほどの全ての積み重ねがガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえたような気がした。
そうだ、結局こいつはこういう奴なのだ。
頭が良く、手先も器用で、容姿もそこそこ可愛いが、少し倫理観がブッ飛んでいて、こうと決めたことは梃子でも譲らない。
自分が決めたことは誰になんと言われようと貫き通す、コスプレ(特にプリキュア)とエロくて気持ちいいことが大好きな16歳の女の子なのだ。
そして俺はこんなアホな妹を、誰よりも愛してしまっているダメ兄貴なのだ。
俺の中で、少し進んだ時計の針が、急速に巻き戻され、そして少し別の方向にカチリと進んでいくのを俺は感じていた。

妹との週に一度、数時間に渡るメールのやり取りはその後何度か行なわれ、時々あまりに行きすぎた写真が送られてきた際には、俺は思わず「ああいうのはダメだ!」と電話をかけてしまうこともあった。
そのたびに妹は「だって、寂しいんだもん」と妙に甘え、それでいて本当に寂しげな声を出すので、俺はそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。
そう、全て元の黙阿弥だった。
身体の触れ合いこそないが、それでも妹からエロい写真を貰ってそれで自らを慰めている時点で、真っ当な兄妹のやることではない。
結局、俺は妹を突き離すことも、諦めることも、当然、別れることも関係を断ち切ることも、全てに失敗したのだった。

だが、不思議と以前のような罪悪感はなく、その代わりに、ある種の決意が固まりつつあった。

やがて季節は巡り、俺がその美しさに目を留める間もなく、花の季節は過ぎていった。
太陽の光はその暑さを増し、風が湿り気を帯びてきた頃、バイトを終えクタクタの俺に母から電話があった。

「この前Y香の三者面談があったんだけど・・・なんか、あの子変なこと言い出しちゃって、あたしも先生も困っちゃったのよね」

「どうしたの?」

正直、その日はお店でガス台の掃除などがあり、本当にクタクタで、シャワーを浴びて即寝たいところだったのだが、妹のこととなるとそうはいかない。
どうやら、妹は三者面談で進路について聞かれた際に、進学コースに通う生徒なら滑り止めに受ける程度の俺の通っている大学を第一志望として出し、そこ以外なら服飾系の専門学校に行くと言い出したらしいのだ。
聞くところによると、今の妹の成績の良さと伸び具合なら、私大や国公立のトップクラスの大学だって狙えないことはないのだという。
そんな生徒が、よりによって俺の通っている大学を第一志望に挙げるなど、冗談にしても笑えないレベルだった。
しかし何も俺と一緒の大学じゃなくったって、俺のアパートの近くとか、お店の近くとか他に上手い誤魔化し方はあるだろうに・・・。
なんでこうよりによってストレートど真ん中な選択肢を、しかも親の前で出してしまうのか、やはり週に一度のメールとたまの電話だけではダメなのだろうか。

俺たち兄妹でさえこうなのだから、世の遠距離恋愛のカップルというのはどれだけ苦労しているのだろうか。
ともあれ、今回は俺の方から妹の説得役を買って出ることにしたのは言うまでもない。
もはやあの頑固者の妹には先生や母の説得など意味をなさないだろうし、もし話がこじれて俺たちの関係まで持ち出されてしまったらそれこそ大変なことになってしまう。

問題はタイミングだった。
俺も大学とバイトに文字通り忙殺される日々が続き、とても妹の説得に実家に帰る暇などない。
それに妹を説得するにしても、そもそもの発端は俺たちの関係にあることは明白なので、第三者のいない環境で話をしなければならない。
正直な話をすれば、俺だって妹に会いたかった。
とはいえ、今のまま再び妹に会ってしまったら、その時こそ俺は、妹に何をしてしまうかわからない。
離れれば離れるほど、妹への想いは募り、毎週送られてくる妹の写真とメールは、もはや俺の生活になくてはならないものになっていた。

バカバカしい話かもしれないが、大学生の一人暮らしであるにも関わらず、俺の部屋にはエロ本やエロDVDの類はほとんどない。
パソコンや携帯のエロ画像やエロ動画サイトのブックマークも、実家にいる頃から一つも増えていなかった。
妹とのメールのやり取りが復活して以来、妹の画像と動画以外のものをオカズにしたことがなかった。
というか、妹以外の女性を性の対象にする気がそもそも起きなかった。
そんな今の俺が、妹と面と向かって話をするには、まだ覚悟が足りていなかった。
窓の外に広がる、梅雨の空の明けきらない暗雲がのような不安が、俺の心にも立ちこめていた。

そして梅雨の終わり、唐突にそれはやって来た。
一週間ほど前から、母親から「夏用の布団を取りに来なさい」とメールがあったのだが、忙しさを理由に無視していた土曜日の午前のことだった。
基本的に土日は朝からお店に入り、雑用の他に仕込みの準備などを手伝ったり、空いた時間に他のことを学ばせてもらうのだが、その日は店長が出張してどこのイベントで腕をふるいに行くらしく、俺は久々のお休みをもらえることになっていたのだ。

実家に帰る用事は後回しにして、その日は午後までひたすら寝てやろうと思っていたのだが、玄関のチャイムと延々と鳴り続けるスマホのバイブ音が俺を夢の世界から現実に強制送還させた。
スマホのディスプレイには『Y香』の文字が、そして部屋には一定のリズムでチャイムの音が鳴り響いていた。

「・・・もしもし」

俺がまだ半覚醒状態で電話に出ると、チャイムの音は止んだ。
代わりに玄関のドアの向こうとスマホのスピーカーからステレオで妹の声が聞こえてくる。

「やっと起きたぁ。ねぇ早く開けて、重い、疲れた、暑い、喉渇いた。あと、チューしたい」

なんだそのわがままのてんこ盛りは。
あとどさくさに紛れてなんか危ないこと言ったろ、こいつ。
その言葉ですっかり目が覚めてしまった俺はベッドから這い出て枕元の水で口をゆすぐと、玄関に向かい鍵を開けた。
すると俺の手がノブに伸びるより早くノブが回り、ドアが開くや否や猛スピードで妹が抱きついてきた。
ふわりと香る懐かしい匂いが妹の髪から漂うシャンプーの香りだとわかった時には、既に俺の唇は妹の唇によって塞がれていた。

俺は目をつぶり、数ヶ月ぶりの妹の唇と舌の感触と、唾液を貪った。
妹は背伸びをし、ぎゅうぎゅうと俺の顔にその小さな顔を押し付けるように激しくキスをする。
俺も片手で妹の後頭部を抱え、もう片方の手ではジーンズのミニスカートの上から張りのある尻を撫で回した。

「んんむ、んっ、んむ」

漏れ出る声と、舌の絡みあうぴちゃぴちゃした音だけが部屋に響いていた。
妹が足だけで器用に夏用のサンダルを脱いだのを確認すると、俺は妹の身体をひょいと担ぎ上げ、妹の大好きな『お姫様抱っこ』をしてやると、そのまま今の今まで俺が熟睡していたベッドにその身体を横たえた。

「今荷物入れちゃうから、ちょっと待ってな」

俺はそう言い残し、妹がドアの前に置きっ放しの大きな袋や手荷物用のカートを部屋に入れ、鍵を閉めた。
そのまま台所で速攻で歯磨きを済ませると、妹は既に部屋のカーテンを閉め、一糸纏わぬ姿でベッドに腰掛けていた。
俺も寝巻き代わりのTシャツと短パンを脱ぎベッドに近づくと、妹が無言で枕元の俺のスマホを俺に差し出した。

妹が少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながらベッドにその身を横たえると、俺はスマホにその美しい裸身を収めた。
俺がスマホを置こうとすると、妹は無言で首を振りながら上体を起こし、俺の痛いほどに勃起したペニスをその小さな口を開け頬張った。
数ヶ月ぶりの妹の熱烈なフェラチオに俺のペニスはあっという間に昂まり、思わず最短記録で悦びの飛沫を上げそうになってしまったが、俺の胸をよぎるある想いが、妹の上下動する顔を押さえた。

「・・・?」

俺は妹の口からペニスを離し、怪訝そうな顔の妹にキスをすると、俺は妹を再びベッドに横たえ、その細くすらりとした脚を開いた。

「Y香、今度からは、俺がするから。俺がY香にしてもらうんじゃなくて、俺がY香にするから」

妹の瞳が潤み、頬が赤く染まるのが薄暗い部屋の中でもはっきりとわかった。
そして嬉し泣きの笑顔でこくりと頷くと静かに目を瞑った。
俺はもう一度妹にキスをし、妹の裸体を愛おしむように、唇から顎、顎から首筋、首筋から鎖骨へと、下へ下へと順番にキスをしていった。

そしてついに脚の中心で潤む蕾に到達した俺は、その歓喜の雫を心ゆくまで舐め取り、吸い、味わった。
妹の声は上擦り、性の悦びだけではない歓喜の声を上が、その華奢な身体を何度も快感に震わせた。
俺も、もう限界だった。
正直、今すぐ妹と結ばれたかった。
俺はペニスを右手で持ち、妹の既に充分に潤み切った、俺の為だけに開かれつつある蕾の中心に、その先端を当てた。
このまま少し腰を進めれば、俺たちは一つに結ばれる。
しかし、胸の中に渦巻く様々な想いが、俺にあと一息で越えられるはずの一線を越えさせることを踏みとどまらせていた。

「お兄ちゃん・・・?」

妹が顔を上が、俺を不安そうに見つめている。

「Y香・・・俺・・・」

「あ・・・!お兄ちゃんごめん、ちょっと待ってて」

妹はそう言って裸のまま自分のスマホを操作すると・・・。

「お兄ちゃんごめん、あたしもうすぐ生理始まっちゃうから今日はヤバいかも」

「そ、そうか・・・」

「・・・ごめんね、せっかく決心してくれたのに・・・」

「いや、そんなことないよ。別にこれで終わりってわけじゃないしな」

「そっか、そうだよね。これからいくらだってチャンスはあるもんね、えへへへへへ」

そう言って妹は俺にギュッと抱きつき、顔中にキスをしてくれた。
俺も激しいキスのお返しをし、そのままキスの応酬からいつも通りのオーラルセックスへと移行し、そのまま昼過ぎまで愛し合った。

正直、ほっとしていた。
その場の勢いだけで、過ちを犯さなくて済んだと、安堵していた。

「・・・なぁY香、母さんからこの前連絡があったんだけど・・・」

「あー、やっぱもう連絡行っちゃってた?」

「気持ちは嬉しいけどさ、他に何かアイデアはなかったのかよ?」

「だって、あの時は色々なことで頭がいっぱいで、他に考えつかなかったんだもん」

そう言われると、さすがに俺も弱い。

「それに、あんまり成績上がりすぎると、関西の方の大学とか薦められちゃうし」

「関西?」

「いくらいい大学入れたって、お兄ちゃんと一緒に住むか、でなきゃ毎日会えなきゃ意味ないじゃん?だけど、別に大学の勉強とか、今どうでもいいし・・・」

「んー、そりゃ、将来自分が何をしたいかってことによるんじゃないのか?何も考えずにとりあえず大学入っちゃった俺が言うのもなんだけど・・・。将来自分がやりたいことがあって、その為に必要なことを勉強しに行くって考えたら、それで行くべき大学とか絞れてくるんじゃないのかな?」

「別に将来やりたいことって・・・お兄ちゃんのお嫁さんくらいしかないし・・・」

「いや・・・それは、まぁ、嬉しいけどさ、他にY香が仕事にしたいと思うようなことって何かないのか?この前言ってた服の仕事とか学校の先生とか」

「別に、あたしはお兄ちゃんのお店手伝うから将来の仕事なんてどうでもいいもん」

「いや、俺だって将来どうなるかなんてまだ全然わからないわけだし・・・」

「どうして?」

「どうしてって・・・だって俺は料理人を志してはいるけど、まだまだ未知数だよ。センスとか、技術とか、やっと見習いとして修業させてもらえるようになったばかりなんだから、使いものになるかどうかすらまだわかっていない状態なんだよ。だから開業とか独立とかはまだまだ当分先の話さ。何をやるにしても、まずは自分の技術がなくちゃな」

「じゃあさ、どうやったらお店を開店できるの?」

「まず俺自身に資格とか必要だろうな。調理師免許だけじゃなくて衛生管理のこととか色々あるだろうし、その辺は俺も実はまだよくわかってないんだ」

「わかった!そしたらY香がそういうの調べる!で、大学はレストランとかの経営者の勉強ができるとこに行けばいいんだ!そしたらお兄ちゃんのお手伝いもできるし、ね!?」

「ってことはまずは経済の強いところか。だったら都内にもいっぱいあるもんな」

「Y香、理数系だったら得意だし、うふふふふふ」

気が付くと、妹の一人称が『あたし』から『Y香』に戻っていた。
高校生にもなって一人称が名前呼びというのも困るのだが、俺の前では『女』よりも『妹』でいたいのだろう。
なにはともあれ、ちょっと単純すぎる流れではあるが、こうして妹の進路に関する問題はほぼ解決した。
(というか、俺も大学の学部は“就職に有利だから”という理由で経済系の学部を選んでいるので、俺ももっと真面目に勉強しようと思った)

「あー、難しい話したらお腹へったなー、お兄ちゃーん、ごーはーんー!」

いきなり妹がベッドの上で足をバタバタさせて喚きだした。

「しょうがねぇなぁ、パスタなら簡単にできるから服着て待ってろ」

「えっ!?ほんと!やった!」

「まだ賄いすら作らせてもらえないけどな。でも先輩やシェフのやってるところ見てるから、少しはマシなもの作れるようになってんだよ」

「凄いねー、さっすがY香の旦那さまだね!」

「ばーか」

俺は寸胴にポットのお湯を入れ火にかけ、沸騰するまでの間に冷蔵庫に合ったキャベツと生ハムとキノコと唐辛子とニンニクを手早く適当に切った。
お湯が沸騰したタイミングでパスタ入れ、塩を一摘み入れ、スマホのストップウォッチで時間を計る。
フライパンを温め、先程切った具材をオリーブオイルと塩コショウで炒めるのだが、生ハムは塩気が強いので、少なめにするのがポイントだと教わった。

食後のことを考え、ニンニクの量は半分にした。
やがて茹であがったパスタをフライパンの中の具材と絡ませ、少しオリーブオイルを足して一煽りすれば、キャベツのぺペロンチーノの一丁あがりだ。
まだまだこの程度の料理しかできないが、それでも喜んで食べてくれる妹の姿に、俺はやはりこの道を進む決心をして良かったと思った。
いつかは両親に、やがては大勢のお客さんにこうやって喜んでもらえれば、ひょっとしたら、俺たちの関係も許されはしないまでも、そっとしておいてもらえる日が来るかもしれない。
俺はパスタを啜りながら、そんな都合のいいことを考えてしまっていた。

気が付くと、皿を空っぽにした妹は幸せそうな顔をしてウトウトしていた。
朝方から結構な量の荷物を実家からこのアパートまで運び、すぐに激しく愛し合いもすれば、疲れもするだろう。
久しぶりに俺に会うことで緊張もしていたかもしれない。
胸の奥がじんわりと熱くなり、今までで一番、本当に心の底から妹を愛しいと思った。
妹のまだあどけない寝顔に見惚れている自分が何故か気恥ずかしく、俺は皿を持って台所で洗い物を始めた。

今までの俺は、どうしたら妹を幸せにできるのか、その為に何ができるのか、それだけを考えていた。
そして、妹が幸せになる為ならその考えを正し、それができないのなら俺が去るしかないと、そう考えていた。
しかし、順番はバラバラだし、内容もまだまだ幼稚な夢の域を出ないながらも、俺たちは既に二人の将来を考え始めている。
そして、それが何より俺たち二人の希望ともなりつつある。
そう、答えは一つだった。
その時、俺の腰にするりと白く細い腕が巻き付いた。
同時に、俺の背中には妹の額の温かさと、控えめだが形の良い柔らかな二つの丸みと、その先端の突起の生々しい感触が触れていた。

「お兄ちゃんごめんね、お皿洗いはY香がしようと思ってたのに、居眠りしちゃってた」

「洗い物が終わったらちょっと散歩にでも行こうかと思ってたんだけど、もう脱いでるのかよ、気が早いぞ?」

「えへへへへへ、わかる?」

「そりゃわかるさ、だって乳首ピンピンだもん」

「やだ、エッチ」

妹の手がもぞもぞと下に動き、俺のハーフパンツのホックを外す。

「だって・・・久しぶりなんだもん・・・」

妹はまるで猫のように流し台と俺の身体の隙間に器用に上体を差し込むと、そのまま俺のペニスを口に含んだ。

「Y香、そのままでいいから聞いてくれ」

妹は目だけで一瞬こちらを見て小さく頷くと、すぐにフェラチオを再開した。

「俺は、Y香が欲しい。Y香の全てが欲しい。今まで、それは許されないことだと思っていた。いや、今でも何年後でもそれはきっと許されないことなんだろう。でもな、俺は、俺はY香が好きなんだ。Y香と結ばれたいんだ。一生後悔させてしまうことになるかもしれない。苦しませてしまうことになるかもしれない。でも、だったら俺はY香に一生恨まれたいんだ。一生Y香のことで苦しみたいんだ。こんな言葉で許されるとは思わない。けれど、俺は・・・」

「お兄ちゃん」

妹が俺のペニスから口を離し、すっと立ち上がった。

「Y香が海で言ったこと、覚えてる?」

「あぁ、忘れるわけないよ」

忘れるわけがない。
あの冬の海の寒空の下、あんな真剣な表情の『あたしの一生に、必要な男性は貴方一人だけです』という、命がけに等しい告白を、忘れてなどなるものか。

「Y香ね、もうずっと前から、お兄ちゃんのこと、そう思ってたの。でも、兄妹でそんなことしちゃダメだってことも、もちろんわかってたの。Y香思うんだけどね、Y香の『抱いて』って気持ちと、お兄ちゃんの『そんなことしちゃダメだ』って気持ちは、きっとお互いの心の中にずっとあって、どっちか片方じゃなくて、二人で迷ってたんじゃないかなって思うの」

俯きながら、妹は俺のペニスを両手で柔らかく包み込み、時折優しく撫でさすってくれていた。

「Y香、何回も泣いたよね。お兄ちゃんに『Y香の処女を貰ってください』って、お願いしたよね。でもわかってたの。そんなことできるわけないって。そんなことしちゃいけないって」

「だから、逆にあんなに必死になってお兄ちゃんのこと誘惑して、なんとか犯してもらおうとしてたんだよね。だってそうでもしなきゃ、きっとY香たちは一生このまま、ずっと中途半端な関係なんだろうなって、わかってたもん。お兄ちゃん優しいから、Y香のこと傷付けられないって、わかってたもん」

妹の頬から、涙が一筋、その柔らかく白い頬を伝って落ちた。

「だから、今お兄ちゃんに告白してもらって、やっとわかったの。あぁ、やっとY香とお兄ちゃんが一つになる時が来たんだなって。時間はかかったけど、辛い思いもしたけど、それは全て、この日この時の為だったんだなって、やっとわかったの」

そう言ってやっと顔を上げた妹は、今までになく清々しく、神々しささえ感じる笑みを浮かべていた。

「お兄ちゃん、Y香の方が先に好きになったんだから、Y香の方から言わせて」

そう言って、妹は一瞬目を閉じて呼吸を整えると、俺の目を見つめて、はっきりと口に出した。

「お兄ちゃん、好きです。結婚してください」

「あぁ、俺も大好きだよY香。俺と結婚しよう」

何度でも書くが、俺たち兄妹は同じ両親から産まれた血を分けた正真正銘の兄妹だ。
だから結婚などできるはずもなく、二人の間で子供を作ることは可能だが、それが法的に俺たち二人の子供と認められることもない。
更に、兄妹という近しい遺伝子の間にできた子供は、特定の遺伝的疾患や病気になるリスクが驚くほど跳ねあがり、生育が困難となるケースもある。
故に、俺たち兄妹が実際に夫婦として生活することは事実上不可能であろう。
それでも、俺たち兄妹はお互いに自らの意思をはっきりと言葉にし、そう告げることでその気持ちを確認し、誓い合った。
俺たち二人だけの、秘密の、神聖なる儀式だった。
俺は妹の裸身を抱き締め、ゆっくりとキスをした。
妹も、俺のペニスから手を離し、その手を俺の背中に絡ませた。
ひとしきりキスを終えると、妹は残念そうに俺のペニスを見てため息をついた。

「あーぁ、もうすぐアレじゃなければ今ここで捧げられるのになぁ」

「んー、コンドーム付けてとかじゃダメなのか?」

「やだよそんなの!初めてはやっぱ生でなきゃダメ、絶対にダメ」

一度そう決めてしまった以上、俺としては一刻も早く妹と一つになりたかったのだが、思えば今まで散々妹に我慢させていたことを考えると、今更多少の我慢などどうということはない。
それに、二人とも夏休みに入ればそんなチャンスはいくらだってある。
どうやら妹には、初体験のシチュエーションには強烈なこだわりがあるようだ。
だったら、今まで長い間待たせてしまったぶん、妹の思い描く通りの、理想の初体験を迎えさせてやるというのも悪くない。

「それじゃ・・・まぁ今日のところはいつもみたいにするってことで」

「はーい♪」

嬉しそうに俺のペニスにむしゃぶりつくその表情は、無邪気に兄にじゃれつく、まだあどけない『妹』の顔そのものだった。

薄い満月の浮かぶ夕焼け空の下、妹を送る駅までの道を、俺たち兄妹は手を繋いで歩いていた。

「これからは、この道がお兄ちゃんとY香の思い出の道になるのかなぁ?」

振り返る妹の髪から、先ほど浴びたシャンプーの香りが漂う。

「そうだな、この辺は俺たちが兄妹なんて知ってる人はいないから、堂々と恋人繋ぎで歩けるな」

「ふふふ。地元でも普通に恋人繋ぎしちゃってたけどね、ふふふふふ」

「それだけじゃない」

「え?」

不思議そうな顔で振り向く妹の唇に、俺はそっと唇を重ねた。

「お兄ちゃん・・・」

驚く妹の表情は、やがてゆっくりと、この日何度目かの嬉し泣きの笑顔に変わっていった。

「泣くようなことじゃないだろ」

「だって・・・嬉しすぎるよ、こんなの。ずっとずっと好きだったんだから、お兄ちゃんのこと、好きだったんだから」

「あぁ、だから、これからはずっと一緒だ。離れていても、俺の気持ちは、ずっと、Y香と一緒にいるから」

「Y香も、ずっとお兄ちゃんと一緒だからね。お兄ちゃんのこと、毎日想ってるからね」

駅前のロータリーで、俺たちはもう一度キスをした。

日もすっかり暮れ、駅からアパートまでの道のりを、俺は一人歩いていた。
ふとスマホが震え、妹からのメールを知らせる。
そのメールには文章はなく、乗り換えの駅のホームで撮ったのだろう、今夜の満月の写真が添付されていた。
小さく輝く満月に、妹の左手がかざされ、さながら満月の宝石を飾った指輪のように見えた。
俺は左の拳を満月に突き出し、薬指の上に満月を乗せるような構図の写真を撮り、妹に送信した。
すぐに来た妹からの返信には、『指輪交換しちゃった』という文面が大量のハートの絵文字に飾られていた。

これから先、俺たち兄妹には越えていかなければならないハードルが幾つもあるだろう。
俺の心にもう迷いはないと言えば、嘘になるかもしれない。

それでも俺は、妹と、Y香と共にこの人生を歩む。

その決意は、俺の頭上に輝く満月のように、煌々と俺の心を照らし、輝いていた。

「愛してるよ、Y香」

俺は満月を見上げて呟くと、左手にいつまでも残る、妹の温もりと残り香と共に、ゆっくりと、アパートへの道を歩み始めた。

初めての投稿から2ヶ月ほどかかりましたが、俺と妹のここ三年ほどの間にあった出来事は、これでひとまず一区切りとさせて頂きます。

最初からお読み頂くとわかるのですが、最初の回と、おそらく二回目を書いた頃は、まだ家を出て妹と再会していない頃でした。
その頃は事の顛末を書こうという気は毛頭ありませんでした。
しかし、現実は現在進行形で進み、様々な方のご意見を読むにつれ、ここまで書くことを決意するに至りました。
拙い文章で読みづらい点もあったかと思いますが、読んだ頂いた方、楽しんで頂いた方、本当にありがとうございました。

俺たち兄妹は、今、幸せです。

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