寝台列車でイタズラした香織ちゃんとの最後の思い出

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1985年の夏休み。
僕は中学3年だった。

その夏、近所の家族同士で東京に旅行に行った。
行きは、大阪から寝台列車で行った。
両親と2つ歳が離れた兄と僕。
近所の家族は夫婦と小学5年の女の子で、名前は香織ちゃん。
東京へは、筑波万博と東京ディズニーランドを見て回る2泊3日の旅。
初めてのブルートレインに僕も兄も興奮したのを覚えている。
両親は新幹線がいいと言ってたが、ブルートレインで行くのは鉄道オタクである兄の希望だった。

道中、両親同士は買ってきたビールで宴会が始まっていた。

「これならブルートレインでもええなぁ!」と笑い声。

兄はカメラを持って車内を探検しに行った。
残る僕と香織ちゃんは退屈していたが、香織ちゃんはおニャン子クラブのトランプを出して2人でババ抜きを楽しんだ。

香織ちゃんは、おニャン子クラブの薄緑のシャツに白いミニスカートを穿いていた。
トランプをしていると、香織ちゃんはあぐらをかきはじめ、パンツがチラチラ見えていた。
薄暗い車内でなんとか見えたのは薄いピンクのパンツだ。

京都を過ぎ、時刻は午前1時を回るとさすがに小学生は眠くなる。
ゴトッゴトッと軽快なレールのジョイント音は眠気を誘うのか、香織ちゃんはトランプをしながらウトウトしていたので、僕は香織ちゃんの肩を揺さぶり、「寝るなら横になりな」と言って、トランプをやめてベッドに寝かせた。

カーテンを閉めれば個室になる。
スカートが少し捲れてピンク色のパンツが見えた。
生唾を飲み、(少しくらい・・・)と、スカートを直す素振りをしながらパンツを覗いた。
年頃の僕にはそれだけでは足らず、ピンクのパンツを少しずらした。
香織ちゃんの縦スジが見えた。

(まだ毛は生えてないだ・・・)

足を少し広げ、指で縦スジを広げると赤々と貝のような感じがした。
それから少し汗ばむのか、湿っぽくなった。
顔を近づけると女の子特有の体臭と、石鹸の匂いがした。
僕は舌を伸ばし、ゆっくりと縦スジに沿って舐める。
少ししょっぱい味がしておしっこの匂いがした。
ヌルヌルと濡れる様子ではなかった。
人差し指を入れようにも入らないが、ズブズブ入れようとすると香織ちゃんは痛そうにしたのでまた舐めることにした。

両脚を上にあげ、柔らかい太腿に頬をスリスリする。
左脚のお尻の付根辺りにホクロが2つある。
それからおまんこを広げるとヌルヌルしてきて、香織ちゃんは少し吐息が荒くなった。

(本当に眠ってる?)

僕のチンポからもヌルヌルな液が出ていた。
しかし、当時の僕はこれ以上どうしていいか分からず、とりあえずその場でオナニーを始めた。
僕はすぐにパンツの中で射精してしまった。
香織ちゃんのパンツを戻し、列車が米原に停車する前に自分のベッドに戻った。

翌朝、横浜駅到着の車内アナウンスが始まる時に母親から起こされた。

「そろそろ起きて、着くで」

隣のベッドからカーテンを開けてきた香織ちゃんが、「おはよう」と、あくびしながら僕に言った。

「ごめん、あたしいつの間にか眠ってた」

朝日を浴びながらビルの谷間をゆっくりと進む列車は、定刻より30分遅れて東京に着いた。
その日は筑波万博を見たが、すごい人出だ。
こんなにたくさんの外国人を見るのは初めてだった。

翌日は東京ディズニーランドだったが、ここもすごい人出。
両親とはぐれて香織ちゃんとお兄ちゃんと僕の3人でアトラクションを楽しんだ。
15時になんとか両親と合流し、大阪に帰るためにバスで東京駅に向かった。
しかし、香織ちゃん一家は東京の従兄弟に会うため、東京駅で別れた。

「先に帰ってるで、13日は2人で市民プール行こうな」

香織ちゃんはひかり号の博多行きに乗った。
香織ちゃんは嬉しそうにえくぼを見せてくれた。

しかしそれが香織ちゃんと最後の別れになると誰が予想しただろう。
香織ちゃん一家を乗せた日航機は、大阪国際空港に降りてくることはなかった。
母親がテレビに向かって号泣していたことを今でも鮮明に覚えてる。

毎年、夏になると、香織ちゃんと市民プールに行く約束をしたことを僕は思い出す。

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