思い出したくもない度を越えた性的いじめ

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今日の夜、久々に小学校の頃の仲間数人と飲むことになった。
その連絡をしていた昨日の夜、友人の1人との会話で『A』の名前が出た。

Aは小学校5年、6年と同じクラスだった男だ。
一言で言えば、狂人。
暴力に任せて周囲を支配していた。
5年の時点で中学生並みのガタイ。
ミニバス部にいたので運動能力も高かった。
もっとも、あまりにも素行が悪いので試合には出してもらえなかったらしい。

Aの父親も、いわゆるDQNだ。
トラックを持っていて、運送の下請けをしていた。
刺青こそないが、野蛮でまさにチンピラ。
学校に怒鳴り込んだこともある。
そのため教師も怖がり、Aに強い態度に出られないでいた。
しかも変態で、学校に来たときは女の子の体を触ったりまでしていた。
今ならもちろん即警察だが、当時は学校の体面などもあり、見て見ない振りをしていた。
A曰く、ペニスに真珠が入っていたらしい。
母親はだいぶ前に居なくなったとか。

Aは女子のスカートを捲りったりパンツ下げたり、自分の性器を見せつけたりしていた。
男子も裸にして廊下に放り出すといった性的な暴力、いじめも頻繁にしていた。
それでも、あの日まではまだその程度と言えばその程度だった。

5年のクラス替えで一緒になった中に、『B』という女子がいた。
1、2年も同じで仲も悪くなかったがだったが、3、4年で別のクラスになってからは家も違う方向だったので、ほとんど付き合いはなくなった。
首にアレルギーがあるとかで髪はいつもショートにしていて、目の大きいなかなか可愛い子だった。
ただ5年で彼女と同じクラスになったとき、彼女はいじめられていた。
もともと小柄で無口、話すときも小さな声でぼそぼそとしか話さなかった。
どこの仲間にも入れない、机に雑巾が乗っているなど、典型的な小学生のいじめだった。

可哀想とは思いながらも、いじめに参加しないのが精一杯で、助けることもできなかった。
Aがそのいじめの先頭に立ってたからだ。
殴っても言うことを聞かなかったのがきっかけだったらしい。
机の落書き、殴る、蹴る、水を掛ける、体操服や靴を隠すなどなど。
直接の暴力から陰湿なものまで、毎日行われた。

事件が起きたのは夏休み前。
7月のはじめ頃だった。
昼休みの終わりにトイレに行こうとしたBをAが止めた。
BがAを無視しようとしたため、手下の男子に羽交い絞めにさせ、お腹を殴った。
そのショックでBはを小便漏らしてしまった。
ちょうど教室に戻った担任は、誰も何も言わなかったものの状況を察し、Bを保健室に連れて行き、Aに掃除をするように指示した(さすがにこのくらいの罰は与えていた)。
Aはこれが相当気に入らなかったらしい。
ちなみに掃除は手下にさせていた。

翌日の午後、学校の周辺で傷害事件があった。
そのため6時間目が早く終了となり、寄り道せずに帰るようにとの指示を与えると、担任は職員会議に行ってしまった。
また部活も中止になり、教師のほとんどとPTAが通学路の要所で監視するために出払っており、5年生の教室がある周辺は子供しかおらず、しかも両隣のクラスは5時間目で終わっていたため、間もなく周辺には俺のクラスの子供しかいなくなった。
それはAにとって絶好の機会だった。

俺が帰ろうとすると、Aがクラス全員に教卓の前に集まるよう命令した。
首尾よく数名は抜け出したが、俺は逃げられなかった。

Aは、「昨日、自分に恥をかかせたやつに罰を与える」と言うと、Bを引きずり寄せた。

「罰として、人体模型の刑だ」

そう言うと、手下がBの左右から腕を押さえ込んだ。
AはBのキュロットを脱がせると、Bを教卓に座らせた。
別の手下に黒板側からBの足首を掴んで持ち上げさせると、ゆっくりとパンツを脱がせていった。
パンツを膝までずらすと、クラス全員に見るように強要した。
しかも途中からは手下に性器をで力いっぱい広げさせ、奥まで見せて、「これが膣、クリトリス、小陰唇、処女膜」と、パーツの説明をしていった。

俺には姉妹などはいなかったので、女子の股間をまじまじと見るのは初めてだった。
まして中身など想像したこともなかったので、大きな声も出さず、しくしくと泣いていたBに罪悪感を覚えながら勃起していた。

そうするうちにBの股間がかなり濡れてきた。
教卓にも少し雫が落ちているのをAが見つけ、「こいつは見られて感じる変態女だ」と叫ぶと、手下数人と変態コールを始めた。

それでさらに興奮したのか、逆らわないBに対して調子に乗ったのか、Aは教材のプラスチックの試験管をBの肛門に突き立てた。
その瞬間、これまで大きな声を出さなかったBが悲鳴を上げた。
突然のことに俺も含めてみんな驚いて蜘蛛の子を散らすように教室から飛び出した。
Aや手下もBを放置して逃げた。

その日からBは、A一味から「変態女」「淫乱」「露出狂」と呼ばれた。
俺は当時そういう言葉を聞いたことがなかったのでどんな意味か知らなかったが、運良くなのか運悪くなのか、それを知ることになった。
何の因果かAに気に入られたのだ。
目の敵にされるよりはましだと思ったが・・・。
気に入られたと言っても、手下扱いに変わりはなかった。
ただ、いじめに参加しなくても、それを責められることはなかった。

夏休みの間、Aの家に他の手下と遊びに行くと、その度に裏ビデオの鑑賞会だった。
モザイクなしの物、盗撮、レイプ、SM、洋物などなど。
背中に刺青、性器に真珠の男が出てくるものもあった。
中には、俺たちより年下に見える子供が大人たちに強姦されるもの、子供同士で乱交しているものなど、かなりヤバい内容の物まであった。
Aの性的知識はこういったビデオや本から得たもののようだった。
また、近所の子供を呼んで「解剖ごっこ」と言っていたずらしたり、オナニーの見せ合いをさせられたりもした。
盆から夏の終わりにかけてに祖父の家に行くことになっていたので、それまでは週の半分くらいそんな日が続いた。

2学期になるといじめは性的な方向にエスカレートした。
ポラロイドカメラで裸を撮影したり、パンツを取り上げたり。
また電気あんまで、達しておしっこを漏らすまでまで責めるなど。
Aの家は遠いため、こうした行為はほぼ学校内で行っていた。

行為はだんだん直接的になっていった。
秋、教室でクラスの女子に勃起したペニスを見せ付けていたとき、無視したBの口にペニスを押し込んで射精するなんてことまでした。
Aのペニスはその頃の俺の倍はあり、形もビデオで見る大人のようなイカツイ形をしていた。
さすがにそのときは周囲の女子が悲鳴を上げたり泣いたりしてしまったので、それ以降、人前で性的な行為はしなくなった。
もちろん、それまでに教師に報告されたことも数回あったが、「いたずらは控えるように」という注意のみ。
しかも、注意された後は男女問わず1人捕まえて殴り、「もしチクッたら1人ボコボコにする」と脅していた。
冬休みになるまでそんな事が続いた。

冬休みはずっと祖父の家にいたためAに会うことはなかった。
だが、冬休みが明けるとまた状況は変わっていた。

Aが俺に、「自分も、もう1人前になったぞ」と言って、数枚のインスタント写真を渡した。

写真にはAが女子を犯している姿が写っていた。
手下が撮ったのだろうか、横からバックで責めている写真。
いわゆるハメ撮りアングルで撮られた写真、血のついた結合部、終わった後なのか、大の字になって放心状態になっている女子。
年は俺たちと同じくらいか、それ以下に見えた。
Aは自慢気に、「冬休みに3人とやった」と、笑っていた。
俺は、もうこれ以上こいつに関わるのはまずいと判っていたが、そのときはどうにもならなかった。

程なくBも犯された。
しかも輪姦。
土曜の短縮授業の後、Aの部屋に連れ込んだらしい。
Aをはじめ、3人に入れ替わり立ち代わり犯され、下手くそに撮られたビデオに映っていた。
以降、Aは遠慮もなくなったのか、人気のない屋上や教員用の駐車場、用具室などで、何度となくBが犯されていた。

俺の中、高、大学生時代はごく平穏で穏やかなものだったが、小学生時代の記憶は薄まらない。
もう2度とAには会いたくない。

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