痴漢冤罪と正義心

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これは一昨日のこと。
友達と遊んだ帰りだった私は、午後7時頃の電車に乗っていた。
帰宅する人が多い時間帯だったからか、車内はぼちぼち混雑してた。
私が乗っていたのは先頭車両で、横にはDSでポケモンやってるおっさん。
前には私とおっさんがすっぽり入るサイズの女性がいらっしゃった。

横のおっさんのポケモン見ながら音楽聞いてる私。
ここまでは平和だった。

さて、私の降りる駅までもうそろそろというところで、前にいる女性がちらちらおっさんを窺っている。
どうしたんだろう?と思いつつポケモンに見入る私。
おっさんはゲームに没頭してて前の女性の視線には気づいていないようだった。

ちなみにスペック。
私:19歳、大学生、女。
おっさん:30代前半?窓際っぽさが半端ない。
女性:胴回りが樹齢100年のヒノキ。

私とおっさんがポケモンに熱中している丁度その頃、電車は私の降りる1つ前の駅に到着するところだった。
いつも通りのちょっとしたカーブの揺れで、私とおっさんが前の女性にぶつかった。
その瞬間、その女性が振り返り、おっさんを指差して、こう叫んだ。

女「この人痴漢です!!!」

(なに?)

私とおっさんは唖然。
周りの人も然り。

(え?おっさん、ポケモンに熱中してたっしょ?)

女「この人!!!痴漢んん!!!捕まえて!誰か!!!」

電車の中だから逃げられないけど、女がわめき立てた。
その影響で、ちょっと離れた所にいた女子高生3人が「痴漢?wwさいてーーwww」とか言い出す。
電車内に気味の悪い空気が漂い始めた。
私もおっさんも、“え?なに?”みたいな雰囲気。

そしたら、その女の横にいた社会人ぽい女性が、DS握ってるおっさんの腕を掴んだ。
一気に顔面蒼白になるおっさん。
私はまじまじと痴漢冤罪しようとしている女を見つめてた。
そしてドアが開いた。

ホームに降りてすぐに・・・。

ヒノキ「駅員さん!来てください!!!痴漢!!痴漢です!!!」

驚愕の声量だったから、もはや森久美子に見えた。

おっさんは口ぽかーんと開けて「あ・・・?」とか言ってる。
ヒノキはまだ叫んでる。

操縦室から、異常時用の汽笛みたいのが鳴らされた。
駅員が駆けつけてきて、車内を覗き込めば、ヒノキとDS持ってる口の閉まらないおっさんと、そのおっさんの腕をつかむ社会人女性、そして私が見えたと思う。

駅員「どうしました?」

駅員が聞くのに被せるように「この人痴漢なんです!!!ずっと私のこと触ってきたの!!」とヒノキが捲し立てる。

おっさんの唇は紫色になっていた。

駅員「痴漢?」

駅員がおっさんをちらっと見て、ヒノキに目を戻して、「えー・・・あなたが被害者?」とちょっと苦笑いで尋ねると・・・。

ヒノキ「そう言ってるでしょ!!!早く捕まえてよ!!!」

何だこいつ?と思いつつ、私の中の正義感が沸騰し始めた。

駅員「あー・・・じゃあね、とりあえず駅員室。わかったね?」

おっさんの右腕を駅員が掴んだ、その瞬間に・・・。

私「この人、痴漢してないです」

言ってしまった。

ヒノキが驚きの表情でこちらを振り向き、私を睨んだ。
その目を見た瞬間に、“絶対にこのおっさん助けてみせる”って思った。
今考えれば自分どうしたんだろうwww

駅員「え?違うの?」

(そうだと思ってましたよ)みたいな顔だった。

ヒノキ「違くない!!!痴漢!!!痴漢なのおおおおお!!!」

私「はい。この人痴漢してないです」

おっさんが機械的にこちらに首を向けて、“こいつ何考えてんだ?”みたいな顔をした。
私はおっさんの目を見つめながら・・・。

私「してないです。この人ずっとポケモンしてましたもん。ね?」

おっさんが頷いた。
駅員が口を開きかけた時、ヒノキがおっさんをぶん殴った!

駅員「ええええええええええええええええ」

ヒノキ「ちょっと!!!嘘つくんじゃないわよ!!!あんた私のことjhべgふぇいfgfj」

何言ってんのか聞き取れなかった。
駅員がヒノキを止めに入る。
ヒノキが駅員に抑えられて少し落ち着いて、車内に響くのはヒノキの荒い吐息だけとなった。

(でも、あれ?なんか変な音がする)

車内を見渡してみたら、さっきの女子高生3人組がおっさんの写メ撮ってた。

私「写メ撮ってんじゃねえぞ、ドブス」

思わず口に出てしまった。
でも止まらなかった。

私「あなたたちさぁ、ここで一人の人生がダメになるかもしれないんだよ?何笑ってんの?何してんの?そんなんだからゆとりが馬鹿にされんだよ。あなたたち見てると学力低下を実感するけどね」

3人組が携帯を仕舞ったところで、ヒノキの荒い息も止まった。
ヒノキが私を見つめている。

私「誰か、この人がポケモンしてるとこ見てた人いませんか?」

私たち近辺にいた人がみんなビクってなった。
絶対に目撃者いると確信。
誰も名乗り出ない。

私「あの、確かに、ここでこの人助けても意味はありません。皆さん面倒事だと思ってるでしょう?私だってそうですよ。でも、ここでこの人見放したら、この人終わりなんですよ。あとは引き篭もりか自殺かしか道がないんですよ」

赤の他人なのに、口をついて出てしまった言葉がこれだった。

私「皆さん本当に見てない、分からないなら構わないんです。でも、もし見てた人いたら、ちょっとでいいからお時間お借りしたいんです」

車内の空気が一瞬冷めた。
ヒノキの息がまた荒くなってきた。
おっさんの後ろに居た気弱そうな男子高校生が震えながら手を挙げた。

駅員「君、見てたの?」

男子高校生が頷く。

男子高生「ポケモン・・・してましたよね・・・」

私も頷いた。

駅員「えーと、じゃ」

ヒノキ「ちいいいいいいがううううううううううううううあああ!!!」

ヒノキ発狂。

ヒノキ「さわった!!!さわったの!!!さわってたんだから!!!」

私「まだ騒ぐんですか?あとその無駄な活用形みたいな話し方やめてください」

ヒノキ「ちがあああああああああああうううううううううううううううう!!!あの女!!!あのブス!!!ぶすううううううう!!!」

私「ブス?私ですか?」

おっさんは泣きそうだった。
男子高校生も泣きそうだった。
そして駅員も泣きそうだった。

駅員「えーーとね、電車ね、出さないとなんだわ」

ヒノキ「はあ!!???何言って・・・」

ヒノキはまだ納得いかないご様子。

私「いいですよ。電車降りますか?あなたも汚名を晴らしたいですもんね?」

おっさんは首を縦に振ったか横に振ったか判らなかった。

私「お兄ちゃんも大丈夫?」

男子高校生も頷く。
そうして電車から降りた。
駅員室にぞろぞろ移動。
ヒノキが駅員に腕掴まれてて、公衆の目を引いてるのはヒノキのほうだった。
その後ろから、私、おっさん、男子高校生がついていく。

おっさん平気かな?と思って振り返ったら、DS開いてた。
人生で初めて殺意を感じた。
DSは奪い取った。

駅員室に案内されて、とりあえず座る。
机の一方にヒノキと駅員、もう一方に私、おっさん、男子高校生の順で座る。
違う駅員さんがお茶を持ってきてくれた。
ヒノキは俯いていて表情が見えない。
私がお茶を飲もうとコップに口を近づけたその時、ヒノキが机を蹴飛ばして、こちとら3人の膝に激突。
私は服がお茶まみれ。

(これを狙ってたのか、策士だな)と、少し感動した。

ヒノキ「痴漢!!!この男は痴漢!!!このブスも痴漢!!!」

私はお茶でびしょ濡れのまま黙ってた。
駅員がタオルで顔を拭いてくれた。
何がか私の中で覚醒した。

私「あなた、電車の中で、ずっと触られてたって言いましたよね?駅員さん、そうでしたよね?」

駅員「そう・・・だったね」

私「ずっとって、具体的にどこらへんからでしょうか?私の後からこの人乗ってきましたけど、ずっとポケモンしてましたよ」

ヒノキ「え・・・えと・・・◯◯!!◯◯よ!!!」

私「それってこの駅の2つ前でしょ?せいぜい7分ですよね。7分って“ずっと”ですか?私とこの人はずっと隣でしたけど、この人ずっとゲームしてましたよ。それにDSはこの通り両手で持って使うゲームなので、片手で触ってたっていうのも考えられないと思いますがどうですか?」

ヒノキ「なんなのよおおおお!!!このブスうううううううう!!!触られたの!!!痴漢なのよこの男!!!」

私「だからそれを私は否定しているんですよ」

男子高校生「あの、確かにその人ずっとDSやってましたから・・」

ヒノキ「お前はうるさいんだよおおおおおお!!!黙ってろブサイク!!!包茎!!!」

高校生がガチで泣き始めそうだぞ、どうしてくれる。

駅員「いや、包茎は言い過ぎだよ。違うもんな?ね?ぼく?」

(そこじゃねええええええええええwwwwwwwwwwwww)

私「大丈夫、この人助けたら手術代出してもらおう」

男子高校生が泣き出した。
これは確実に私のせいだ。

ヒノキ「ああああああああああああああ!!!話の分からないブスとブサイクばっか!!!」

私「言わせてもらいましょう。あなたのほうがブスです」

ヒノキ「はあああああああああああああああああああああ!!!???」

ヒノキ発狂Part2。

ヒノキ「ブス!!!???私のこと言ってんの!!!???」

私「そうですね」

ヒノキ「はあああああああああああああああああああああ!!!???」

私「私も外見に自信があるわけではないですが、あなたにブス呼ばわりされると少しプライドが傷つきます」

おっさんと高校生は寄り添って小さくなってた。
高校生可愛い。
おっさんは参戦しろ。
ヒノキは未だ騒いでいる。
駅員が必死になだめようとしてるけど、顔がげっそりしてた。
おっさんも男子高校生も縮こまってる。

私「そろそろ終わりにしましょう。この人はゲームやってたって、2人が証言しています。それにあなたはさっきから私たちに侮辱の言葉ばかり吐いていますね。こちらも、あなたのこと訴えることはできますよ?名誉毀損とか、あと机蹴飛ばした時の傷害とかで。どうします?」

ヒノキが一気に黙った。

ヒノキ「ならこっちだって訴える!!!」

私「はい?」

ヒノキ「だって痴漢された!!私がお金もらわなきゃ変でしょ!!!」

(ん?)

私「お金?ああ、やっぱり示談金目当てだったんですか?」

ヒノキ「!」

私「お金欲しくて、この人のこと痴漢にしたてあげたんだすか?」

おっさんが顔をあげた。

おっさん「え・・・」

30分ぶりに喋った言葉がそれかよ。

私「駅員さん、どう思いますか?」

駅員「う~ん・・・確かにDSしながら痴漢できないしねぇ、この人にそんな勇気があるとも思えないし」

おっさん「あ・・・」

お前カオナシか。

ヒノキ「でも!!!でも触られたんだもん!!!私が言ってるんだから!!!」

駅員「まぁ・・・正直あなたが言ってるから信用しろってのは無理だよねぇ」

たぶんこの駅員そろそろ面倒になってきたんだと思う。

駅員「じゃあね、もうこの人に聞こう!触ったんですか?触ってないんですか?」

駅員は早く決着つけようと必死。
おっさんは急に意見を振られて焦ったようで、日本語を間違えた。
いや、間違ってはないが、その言葉がヒノキを発狂Part3に追い込んだ。

おっさん「触りたく・・・ないです・・・」

ヒノキ「触りたくないって!!!私じゃ嫌なの!!!???嫌ってこと!!!???」

たぶん、“痴漢の示談金<女としての魅力”に彼女の構図が変わってしまったんだと思う。

ヒノキ「なんで!!!私そんなに魅力ないわけ!!!この野郎ううううううううううううう!!!」

痴漢OKみたいになってんぞ。

駅員「はい。ということなんでね。お姉さん満足?」

ヒノキ「もう!!!もういや!!!もう・・・いや・・・」

ヒノキが泣き出した。
男子高校生が、ヒノキの泣く姿を恐る恐る見ていた。

駅員「うん。勘違いしちゃったんだねー。もう終わりにしよう、付き合わされた3人可哀想だから」

そう言って駅員がヒノキの肩に手をかけようとしたとき、ヒノキがその手を振り払うかのように手を振り回した。
駅員が腕がぶつかった衝撃で吹っ飛んだ。

ヒノキ「いやああああああああ、こわいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

もうこいつだめだ、って思った。

違う駅員が飛んで来てヒノキを羽交い絞め。
吹っ飛ばされた駅員もこっちに来るけど、ちょっと頭打ったみたいでふらふらしてる。

駅員「君たち3人ね、もう帰んなさい。このままじゃ終わらないから。ちょっとね、おじさん警察呼ぶから」

おっさん「え・・・?」

駅員「いいんだ、この人ちょっと変みたいだから。災難だったね。そこの彼女(私)と高校生くんが居て良かったね」

駅員2「うん。もう帰りなさい。後はどうにかするから」

こうして、私たち3人はヒノキから解放された。
部屋から出されてすぐは、3人とも無言だった。
おっさんと男子高校生は魂を抜かれたような顔してた。

私「おふたりとも・・大丈夫ですか?」

2人して頷く。
おっさんちょっとは喋れや。

私「帰り・・ましょうか」

3人でホームへ向かった。
ホームで3人で電車を待つ。
会話はない・・・。

おっさん「あの、あ・・・」

私・高校生「?」

おっさん「ありがと、うございました。あの、ほん、とに、ごめんなさい」

私「ああ、気にしないでください。私も大人気なかったんで・・・。あと、高校生くんごめん、途中で変なこと言っちゃって」

高校生「あ、大丈夫です・・・ちょっと怖かったですけど・・w」

私「ねwびっくりしたねぇ~そんなことあるんだなぁ」

そして電車に乗り込んだ。
電車の中ではまた無言だった。

前述したけど、痴漢事件で止まった駅は私の降りる1つ前。
乗車時間は3分くらいだった。
もうすぐ止まる、ってところで、おっさんが口を開いた。

おっさん「あの・・・」

私「はい?」

おっさん「DS・・・返してもらっていいですか」

そうでした、私が持ってたんでした。

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